学校秀才ではない

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学校は優秀でない

歴史に残るような創造的な仕事をした人は、不思議なくらい一つの共通点をもっています。

それは「学校秀才ではない」という点です。

偉人の伝記などを読むと、学校は嫌いでまともに学校へも通っていないという例がほとんどなのです。

学校教育というものがステレオタイプの生産に重点を置いているため、個性が強く、創造性の高い人ほどその鋳型(いがた)をいやがるのです。

私も教育者の端くれですから、おおいに反省しなくてはならないことです。

もう一つ、創造的人間に共通して見られる特徴は、「人によく会う」という点です。

成長する人は開放的で、わけへだてなく、どんな人にも気楽に会おうとするものです。

とくに老いてもなお創造力豊かな人間は例外なく、若い人と会うことを好みます。

名刺の数が多ければいいというものではありませんが、親しくつきあうことのできる友人や知人の幅の広さが、その人の成長力を決定するといってもいいと思います。

私も、私を訪ねてくる人には、事情の許すかぎり会い、もてなすように心がけています。

アポイントなしの不意の来客にも喜んでお会いします。

「人」は財産にこそなれ、けっしてムダや損にはなりません。

ときどき、時間がもったいないから人に会うのをいやがる人がいますが、お金や時間同様、「人をケチる」人で伸びた人間はあまりいません。

人が訪ねてくるということは、向うから知識や情報がタダでやってきてくれるということです。

それを拒絶するのは、成長の有力な機会を自ら閉ざしていることにほかなりません。

また、人とたくさん会うと人がわかるようになります。

人を見る目、人を見抜く力が自然に備わってくるのです。

ともあれ、人と会う経験の蓄積が人を見る目を養うことは確かです。

なぜなら人は人の中で人を見ながら育つものであり、人は人によって伸びていくものだからです。

成長したいなら人に会え、それも多くの人に会え…と私がすすめるゆえんです。

『成長するものだけが生き残る』サンマーク出版