「枠にはまる」と「枠にはまらない」のお話。あなたはどちらが魅力的!?

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自由な仕事 いいため話
画像:http://gahag.net/

いま、世の中はどいう時代か。

「枠」という日本語があります。

別の言葉でいえば、フレームワークであるとか、垣根という言葉もそうでしょう。

ボーダーという言葉も、そうかもしれません。

現代は枠にはまることをみんな嫌います。

枠を外すとか、枠すれすれ、これにはすばらしい魅力があるものです。

私はお目にかかったことはありませんが、創造的発想で、尊敬している森毅という元京大教授がおられます。

森先生は数学者ですが、枠すれすれにすべてを考えるということを主張した方であります。

枠すれすれ、あいまいなところをどう考えるか、現代の言葉でいういと、ファジーな領域です。

それは、自由度が原則であります。

わたくしが大好きなキーワードがあります。

「雑」という言葉です。

今日ここに、すばらしい人たちが集まっていると思います。

それはなぜかといいますと、文、経、法、商いろいろの系統の勉強をしておられる人たちが、この同じ教室でわたくしの話を聞いているからです。

このなかに、工学部や医学部や理学部、農学部の人がいれば、もっとすばらしいでしょう。

つまり、雑というのは言葉を換えれば、“異質なギャザリングズ(集合)”であります。

したがって、雑は面白く、楽しい。

この異質な世界のなかで、物事のクリエイティブな発想が生まれるのです。

雑煮(ぞうに)はおいしいですね。

雑魚(ざこ)っておいしいですね。

雑菌ってすごい成長・繁殖力ですね。

雑種って強いですね。

「雑」という字のついた言葉はたくさんありますが、それを並べてみると面白い言葉がたくさん見つかるでしょう。

わたくしは東京も好きです。

香港も好きです。

ニューヨークも好きです。

パリも好きです。

なぜかというと“雑”だからです。

雑踏があるからです。

なんだかわたくし一人ぐらいは入れてくれそうな、混沌とした魅力があります。

雑は粗雑だという言葉につながりますが、それはラフで、アバウトなのでしょう。

人を受け入れるというゆとりをもっているのかもしれません。

だから、わたくしは雑が大好きです。

マーケティングマンというのは、「雑」の編集者です。

いろいろな街のこと、いろいろな社会の事件、それをどう編集するか。

それがマーケティングの考え方なのです。

わたくしが最初にハーバードへ留学したときに、大きなインパクトを受けたのがテオドール・レビットという教授でした。

いまからもう30年前の話です。

第1時間目のマーケティングの授業でした。

レビット教授は「いま、ある食品会社がわたくしにコンサルテーションを頼みにきているが、わたくしがそれを引き受けてアドバイスすればあの会社は生き残る。なぜかわかりますか」というのです。

その会社は酪農製品をつくっているが、残念ながらいまのままだったら潰れるだろう。

なぜか。

その会社はアイスクリームやヨーグルトや生クリームをつくるメーカーだからで、そういう“物”をつくっている会社は将来だめになるだろう。

これからは物づくりは企業の展開すべき仕事ではないのだ。

わたくしが提案しているのは、その会社が酪農製品のメーカーになるのではなくて、人間が何を口にするかというメニューを研究・開発し、具体的にデザインする会社になることだ、といわれたのです。

メニュー・デザインのソフトを提案する会社になってほしいということで、これは物の枠を外すことです。

レビット教授のところにみえた食品メーカーの人たちの考え方は、それまで物にとらわれていました。

物にとらわれている発想を何というか。

「近視眼的発想」といいます。

物にとらわれない発想、先ほど申しましたメニューデザインを提供する会社、それをわたくしたちは、マーケティン・ソフトのあるマネジメント、ビジョンのある経営、ビジョン・マネジメントの途をいく企業といいます。

みなさん自身、人生のビジョンをもっていますね。

人生の夢、人生のロマンをもっていますね。

ロマンや夢やビジョンがあるから、それをどう現実に落とし込んでいこうかという魅力にあふれているから、毎日豊かな、チャーミングな日を自分でつくることができるのだとわたくしは思います。

マーケティングの第一は、物にとらわれることではない、ということです。

『村田昭治のマーケティング・ハート 学ぶことのたのしさ』

村田昭治 著

プレジデント社