男は黙ってサッポロビール?

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ビール いいため話
画像:http://www.adish.info

「男は黙ってサッポロビール」というキャッチコピーがある。

昭和の名優・三船敏郎が出演していたビールのコマーシャルで使われていたものだ。

これは、雄弁に語ることよりも沈黙は金であるという価値観に基づいたコマーシャルと言えるだろう。

しかし、今や「男は黙って」という時代ではない。

むしろ、男も女もそれ以外も、多弁であることが求められている。

その理由は説明するまでもなく、そこにSNSがあるからだ。

アマゾンで買い物をしたことのない人はいないだろう。

そして、アマゾンで検索し、そこに想像していたようなものが見つからないと、この世にそんな商品などないのではと感じたこともあるだろう。

これは、アマゾンにない商品は、アマゾンで買い物をしたい人にとって、存在しないに等しいことを意味している。

いくら楽天にあったとしても、アマゾンしか見ていない人の目には届かない。

近所のスーパーに山積みになっていたとしても、立ち寄らない人にはその事実が伝わらない。

その商品のアピールが不足しているのだ。

実際にはプロモーションに大金をつぎ込んでいるかもしれないが、アマゾンしか見ない人にとっては、何一つアピールしていないのと同じだ。

人間関係もそうだ。

常にコンタクトを欠かさず、頻繁に訪れる人のことを人はなかなか忘れない。

かつて三河屋など酒屋の御用聞きが各家を訪ね歩いていたのは、存在アピールにほかならない。

時代は昭和から平成に変わり、また新しく変わろうとしている今、SNSで何一つアピールしていない人間は、SNSに存在していないに等しい。

そして、SNSをアクティブに使っている私のような人間にとっては、SNSを使っていない人間は、この世界に存在していないに等しい。

そういうほとんど存在していない人間に、誰が声をかけるだろうか、プロジェクトに誘うだろうか、仲間になろうとするだろうか。

「男は黙って」などと言っていると、周囲から忘れ去られるだけである。

それに、サッポロビールは黙っていたわけではない。

「男は黙ってサッポロビール」とアピールしまくっていたし、三船敏郎も、無口なイメージはたしかにあるが、俳優という、体を使ったアウトプットのプロだった。

今でも、一握りの芸能人などはSNSを使わずとも高い人気を保てるが、それは一握り中の一握りの選ばれた人だけができることであって、その他の芸能人、ましてや一般人にできることではない。

自分は一般人だという自覚があり、そこに埋もれてしまいそうな人、一般人というカテゴリーからすら置いていかれそうな人ほど、SNSでの発信が必要だ。

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