人に強制する、やらせる、罰する、責める、争う

banner02
本 いいため話
画像:http://publicdomainq.net/

「やりなさい」「やらなければいけないことになっています」

そう言われたら「やろう」と思っていた気持ちも、萎んでしまうし、やりたくなくなってしまう。

それを、やれ「義務だ」「社則だ」「上司命令だ」「ルールだ」と、力を用いて無理にやらせようとするから、ますます心がついてこなくなる。

そんな「心無い」やらされ状態では、美味しいお弁当を作りたいとか、お客さんに喜んでもらえる接客をしたいとか、そんな気持ちも沸いてはこないと思う。

人に強制する、やらせる、罰する、責める、争うなど、そういうことを本当は望まないのが「人」だと思う。

先日、おふくろさん弁当を視察に訪れた人が、お弁当の配達などにも同行して、「よくあんな細かいオペレーションをこなしていますね」と驚いていた。

もう少し詳しく聞いてみると、一緒に配達に行ったスタッフが、配達先の高齢者さんに割りばしを割ってあげていたりとか、「漬物をいれないでほしい」と言った要望にも応えていたり、その他にも、お客さん一人一人に、ずいぶんと細かい対応をしていることに驚いたようだった。

その同乗したスタッフに限らず、配達の一人一人、店頭で接客している一人一人、電話受け付け担当の一人一人が、「そうしたくて」細かいオペレーションも、各自が自分で考えてやっているのだ。

(中略)

これは「給料をもらっているから」でやれることではないと思う。

もっと言えば、「雇われている」だけの人では出来ないことだと思う。

お金で「雇われている」だけの人だったら「仕事が増えた」「余計な事までやらされる」と負担が増えたとなるだけだと思う。

そのスタッフが「そうしたくなる」のは、「やらされていない」からだと思う。

自分の家の事を、自分のこととしてやっている。そういうことではないだろうか?

自分の心を他の仲間から大切にしてもらって、みんなから愛されて満足して、大好きな職場になれば、その職場も会社も、もっともっと繁盛させたい、お客さんにも愛してもらいたいと思うのは、自然な流れのように感じる。

_______

幸せをはこぶ会社 おふくろさん弁当:本当にあった! こんな会社~規則も命令も上司も責任もない!

アズワン・ネットワーク