よく学び、よく遊べ

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遊ぶ いいため話
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「よく学び、よく遊べ」というが、学ぶのも遊ぶのも同じことにならないとだめなのだ。

よく遊んでいることが、同時によく学んでいるという状態であることが大切なのである。

「試験だから勉強しなければならない」と思ったら、すでに負けている。

エンジン始動にたいへんなエネルギーを消耗する。

前提が間違っている。

試験があるから勉強するのではない。

あなたは糞をするためにメシを食うのか。

試験なんて糞みたいなものだ。

たまには下痢したって命に別状はない。

そう思うことなのだ。

そういう心でやっておれば、満点のウンコが出る。

いやいや食うから下痢をする。

下痢のしっぱなしならこれは死ぬぜ。

では、いやな勉強をどうしたら好きになれるか。

和尚さん、教えてくれ。

あなたはこういうかもしれない。

「いやなら、やらなきゃいいよ」

こういうのが一番正しい答えのようだ。

もちろん、いやなものを強制するのは私の流儀ではない。

食わずぎらいで餓死するものなら、やってみなはれ。

それも立派なもんだ。

こうやって突き放すしかない。

だが、人間というのは、もともと好きこのんで餓死するようにはできていないのだ。

腹が減れば黙っていてもメシを食う。

勉強だって同じなんだ。

頭の胃袋がカラッポになれば食うようにできている。

勉強が嫌いで暴走族になった少年は、バイクと車の知識に関しては、そこらの点取り虫よりくらべものにならないくらい豊富ではないか。

バイクだって勉強だ。

いちいち“勉強”とことわらなくたっていい。

勉強だって遊びだって同じことなのだ。

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