
僕の元部下で、ベンチャー経営をしている男がいます。
あるとき取引先にトラブルがあり、入ってくるべきお金が入らず、彼は窮地に追い込まれました。
社員は全員退職。
「また一人でやることになりました」というので一緒に食事をしました。
翌日、彼からのメールにはこう書いてあった。
「ずっと沈みがちでしたが、前刀さんと話したら、またやる気になりました、ありがとうございました」
僕が彼に話したのは、こんなことです。
「お前、これで『あのとき大変だったよね~』といえるようになったんだぞ。いい思い出になるから。今を楽しんでおけ」
「俺なんて、窮地を楽しむ達人なんだからな。いつでも話を聞きにこいよ」
掛け値なしの、本心から出た言葉です。
僕は失敗だらけ、欠陥だらけ、おまけに周囲の人が期待するような財産もない(というか、みすみす逃した)大バカ者です。
それでも楽しく生きている、そういう人間がここにいるんだと、彼に伝えたかったのです。
何でもかんでも楽しいばかりなんて、そんな虫のいい話はないわけです。
辛いことも不本意なことも楽しめるようになりましょう、というのがポイントです。
よくいわれるのは「前刀さんはいつも楽しそうですね」。
実際、毎日楽しくてヘラヘラ生きているのですが、「本当はちゃんと考えているんですよ」といいたいところもあります。
じゃあ今が楽なのかといったら、全然違う。
いまだにピンチだらけです。
ベンチャー経営者というものは、日々ピンチ。
アップルを退職した後、僕はリアルディアという自分の会社を立ち上げました。
自分のやりたいようにやりたいから、出資を受けていません。
自己資本を元手に経営しています。
露骨にいえば、自分のお金を切り崩しているわけです。
会社経営をしていると、売上げがあろうとなかろうと、毎月出ていくお金があります。
ときには「このままだと破産かも」「アップルで10億円くらい儲けてから起業すればよかった」「惜しいことをした」と、思う日もあるわけです。
ベンチャーがピンチに陥ると、最悪の場合、社長が自殺します。
これは冗談抜きで、そういう人を僕は何人も知っている。
でも、そこで死んだら悔しいじゃないですか。
それに、大変なときにいかにも大変な顔で物事を取り組んでいると、どんどん追い詰められてしまう。
だったら思い切り楽しんでやれ、と思います。
若い後輩たちに伝えているのは、「俺みたいなにはならなくていいけど、俺みたいに人生楽しんだほうがいいよ」ということ。
小さくまとまりそうになったら、日々綱渡りながも楽しく生きている自分の姿を思い出してほしいと思っています。
『5年先のことなど考えるな』PHPビジネス新書
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