
化ける可能性を見抜くのは、眼力(がんりき)の中でもっともハイレベルである。
それには少しコツがある。
何より、欠点と長所は紙一重という考え方がわかっていないといけない。
いまや超一流のアスリートとなった高橋尚子も、フォームが変わっていて、それが欠点だと言われていたそうだ。
増島みどり著『冷めない夢 アスリート70人が語った魔法の言葉』の中の高橋のエピソードを見てみよう。
長距離の同級生たちにはいろいろな勧誘が来るのに、高橋にはなかなか声がかからない。
「フォームのせいだったと思います。
腕振りのせいで上体のバランスが悪く脚が前に出ない。
フォームを変えないと一流にはなれないという指摘をいろいろな方からされていました。
あのフォームじゃねぇ、という声も何度か耳にしていましたから」
と高橋も気にしているのだが、実際は、思うように修正できない。
腕を振る動作では一般的にひじを後方に引く。
この引きによって上体に推進力をつけることができ、腕の振りの正確さ、力強さが走りの鉄則とされる。
しかし高橋はひじを引かない。
ひじの位置はほとんど動かさずに手首から胸に抱え込むようにしてピッチを取る。
これが高橋のフォームだ。
「これが最大の『欠点』とされたが直せなかった」と高橋は言う。
だが、小出監督だけは、「いいフォームだなあ、変えることはないよ」と断じる。
欠点は長所でもあるという眼力を見せている。
「フォームはな、その子の個性なんだ。だからめったやたらにいじくっちゃいけない」と、それを生かす形を考えていく。
つまり、欠点を長所に変えていく指導をする。
それに応えて高橋は、「ランナーとしてこれでもやれるかもしれないという小さな自信を始めて持たせてくれたのが監督です。ほんの小さな自信が私のスタートになった」と、見事にシドニーオリンピックの「金」につなげた。
これは、「欠点も長所と見る」眼力の例である。
フォームが個性的である理由は必ずその人の身体の中にある。
それを崩してしまうと、いいものも失ってしまうことがあるというのが小出監督のスタンスだ。
悪いクセとして排除してしまうのではなく、クセから技に変えてしまう。
“クセの技化”を勧めている眼力だ。
誰もがふつう短所やクセを抱えている。
それをうまくコントロールしながら日々を過ごしている。
それが日常に何の影響ももたらさないわけはない。
しかし、欠点もアドバイスによって角度が変われば、欠点ではなくなることもある。
根本は変わらなくても、少しずらすだけでいい結果を生むようにできる。
それが小出監督のやり方なのである。
一般に、長所は伸ばす、短所は直すのがいいと思われているが、短所に見えるものと長所は、実は背中合わせのものだ。
常にそうした見方に立って見えるようにすると、見抜く力が変わってくる。
眼力においては、長所と短所は切り離して考えないことを心がけるといい。
ひいては、それが思考の習慣として定着することが望ましい。
『眼力』三笠書房
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