身体的なハンディを負っていても、人生の質を高められない理由にはならない

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人生 いいため話
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人は誰でも多少の身体的なハンディを負っているものだ。

それがどうしたというのだ?

背の高さや体重も、おそらくハンディになる。

積もり積もった清月の影響がハンディに感じられることもあるだろう。

だからどうだというのだろう?

どれをとっても、

人生の質を高められない理由にはならない。

両手両足のいずれかを失ったスキーヤーは、大胆なスキーをやってのける。

視覚障害のあるスキーヤーは、スキーガイドのアシストを得て滑る。

能力をフル活用するあっぱれな人々は、ある選択をした人々なのだ。

彼らはあっぱれな人生をめざすことなく、制限ある人生を送る選択をすることもできた。 

もちろん、彼らにはそうするだけのもっともな理由がある。

もうひとつの選択肢は、

身体的なハンディがあってもそれを壁にしないで、割り切って人生を味わい尽くす、というものだ。

引用:腐ったバナナを捨てる法
ダニエル・T・ドルービン 著
サンマーク出版