自慢話をしたくなったときは、自分を認めて欲しいとき

人間関係 いいため話
画像:http://www.gatag.net/

一般に、講演などで避けた方がいい話題として、「自慢話」「下品な話」「宗教の話」がある。

中でも、他人の自慢話を好む人は、世の中に一人もいないといっていい。

「私は育ちがいい」「俺は有能だ」「異性にモテる」「知り合いに有名な○○がいる」など、何かにつけ自慢をしたがる人がいるが、言えば言うほど嫌われることになる。

アメリカの哲学者ジョン・デューイによると、「人間性のもっとも深いところにある動機は、認められたいという強い願望である」という。

人が自分をよく見せようとしたり、出世したいと思うのも、その欲求を満足させたいからである。

本当に実力のある人は、実際に人から高く評価されているので、その欲求はある程度満たされている。

ところが、人に羨ましがられたいという気持ちが人一倍強く、肝心の能力が伴っていない人は、何とかして自分を認めてほしいと躍起になる。

そこで、自己宣伝に終始する。

実家や金持ちだとか、親類はみな高学歴だと自慢したり、中途半端な知識をひけらかして教養を気取ったり、人より良いものを持って差をつけることで自分の評価を上げようとするのだ。

ブランド志向やお受験がいい例だ。

聞かれてもいないのに自慢したがる人にかぎって、内実はともなっていないことが多い。

自慢話は、自信のなさの表れであり、他人からバカにされたくない、低く見られたくないという不安の裏返しなのである。

「能ある鷹は爪を隠す」という。

優れた鷹は獲物に襲いかかる直前まで爪を隠し、相手を油断させる。

このように、優れた才能を持っている人ほど、普段はその実力を見せびらかさない。

わざわざそれをひけらかすようなことをしなくても、実力があり、自分に自信を持っているので、自慢をする必要などないのだ。

引用:運のいい人の習慣
樺 旦純 著
KKロングセラーズ