
身だしなみには、気を遣わなければならない。
人の印象は、9割が見かけで決まるのであり、見かけが悪ければ、どんなに心がキレイであっても、悪い印象を与えてしまうものだからである。
服装がだらしない人は、なぜか仕事もできない。
ニューヨーク州立大学アルバニー校のグレゴリー・ハーツによると、服装がだらしない人は、
仕事のパフォーマンス(生産性や能率)もパッとしない傾向があるという。
服装をきちんとしていない人が、仕事の面ではきちんとしている、ということはあまり期待できない。
服装をきちんとするからこそ、仕事ぶりも規律正しくなるのではないかと思われる。
IBMが企業として成功したことの背景には、「服装に厳しかったことがある」といわれている。
IBMは、毎朝、上司が部下の服装をチェックし、ネクタイもきちんと締めさせたことで、強い企業になったというのである。
東京ディズニーランドでも、キャスト(スタッフ)には厳しい服装の規定を設けているという。
だらしないズボンの穿(は)き方などは、絶対に許さない。
成功している強い企業は、たいてい服装に厳しい。
「ラクな服装のほうが、仕事の能率があがるんです」
「ネクタイなんかしないほうが、リラックスして仕事ができるんです」
なるほど、こういう人の発言にも一理くらいはあるのかもしれない。
しかし、本当に仕事ができる人は、服装がいつでもきちんとしている。
決してだらしない恰好はしていない。
私は、仕事柄いろいろな会社に出向くが、社員がサンダル履きでペタペタと歩いているような会社は、たいてい業績がよくない。
おそらく、できない社員ばかりが集まっているのであろう。
服装をきちんとさせると、身も心も引き締まって、戦闘モードになる。
だらなしない服装をしていたら、気分もダラダラしてくるのとは大違いである。
マキャベリの『君主論』のモデルになった男がいる。
その男の名をチェーザレ・ボルジアという。
法王アレッサンドロ6世の息子だ。
彼は、自分の軍隊を持っていなかったので、農民を寄せ集めて軍隊とした。
しかし、農民たちはすぐ逃げ出してしまうありさまだった。
そこでチェーザレは、レオナルド・ダ・ヴィンチに命じて、鮮やかな赤色のよろいを作らせ、農民兵に着せた。
すると、格好のパリッとした服装に身を包んだ農民兵は、外国の正規兵にも勇敢に立ち向かうようになったという。
人間は、外見を装うことで、心の持ちようを変えることができるのだ。
いまいち仕事に本気になれないのだとしたら、それは服装がだらしないからかもしれない。
窮屈だとか暑苦しいなどといわず、きちんとした服装をしてみるのはどうだろうか。
仕事の能率も断然あがってくると思われるのだが。
引用:電車のハシに座る人は、成功できない
内藤誼人 著
大和書房
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