教育とはステップを上がらせること

成功 いいため話
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ある地方都市に行った時の話だが、団地に住んでいる知り合いを訪ねた際のできごとである。

見ただけで買ったばかりとわかるピカピカのピアノがあったものだから、何気なくバイエルのさわりを二曲ほど、ひいてみた。

私は、若いころにピアノを勉強していた時期があったものだから、案外にうまくひけたと思った。

ところが、帰京してからその知りあいから電話がかかってきて、

小学校二年生の娘が糸川さんのピアノを聞いて大変に驚いているというのである。

娘さんが言うのには「あのおじさん、とてもピアノなんかひくような顔してないのに、

あんなむずかしい曲をすらすらとひいてしまった。ピアノの天才だ」と言ったそうだ。

ところが、母親がそれを聞いて、なんと言ったかというと

「あのおじさんはとても頭がいい人で、頭のいい人はなにをやってもうまいのよ」と答えたというのである。

私は本当にびっくりしてしまって、すぐにお母さんに電話して

「ピアノというのは頭でひくものではない。指でひくのだから、何回練習したかで上手下手がきまるものです。

そういう時にはあのおじさんも、あなたぐらいの時にはむずかしい曲がひけなくて、

人の二倍も三倍も練習して、やっとあのぐらいひけるようになったんです、というように答えてほしい」と言ったわけである。

こう言えば、子供は「それじゃあ、私でもできる」ということになるが、

頭のいい人はなんでもうまいといってしまったら、私はだめだということで、ピアノを続ける気が無くなってしまう。

私は階段というか、ステップを上がらせるのが教育であって、初めからジャンプして飛躍できる人などいないと思う。

天才というのは、ただ階段を隠すだけだ。

人目を忍んで練習をしている。

引用:逆転の発想
糸川英夫 著
プレジデント社