
アンドレ・ブルトンがニューヨークに住んでいたとき、いつも通る街角に黒メガネをかけた物乞いがいました。
首に下げた札には、
【私は目が見えません】
と書いてありました。
彼の前には施し用のアルミのお椀が置いてあるのですが、通行人はみんな素通りして行きますから、お椀にコインはいつもほんのわずかしか入っていませんでした。
ある日、ブルトンは物乞いにその札の言葉を変えてみたらどうか、と話しかけました。
物乞いは「旦那のご随意に」。
ブルトンは新しい言葉を書きました。
その日からというもの、通行人たちから物乞いに慰めの言葉がかかるようになり、お椀にコインの雨が降りそそぐようになりました。
物乞いには優しい声やコインの音が聞こえます。
数日してブルトンが通りがかりに声をかけると、物乞いは待っていたように訪ねました。
「旦那はなんと書いてくださったのですか」。
下げ札にはこう書いてあったのです。
【春はまもなくやってきます。
でも、私はそれを見ることができません】
引用:名作コピーの教え
鈴木康之 著
日本経済新聞出版社
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