宮永博史「幸運と不運には法則がある」

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不幸 いいため話
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夏目漱石の弟子で物理学者であった寺田寅彦は随筆の名手としても知られています。

また「天災は忘れた頃にやってくる」という有名な言葉も残しました。

その寺田寅彦に『科学者とあたま』という随筆があります。

一般的にいわれる「科学者は頭がよくなくてはいけない」という命題に対して、寺田寅彦は「科学者は頭が悪くなくてはいけない」という命題も成り立つと主張するのです。

この二つの命題は相反するように見えます。

これをわかりやすい例を使って次のように述べています。

「いわゆる頭のいい人は、云わば脚の早い旅人のようなものである。

人より先に人のまだ行かない処へ行き着くことも出来る代わりに、途中の道傍(みちばた)あるいはちょっとした脇道にある肝心なものを見落とす恐れがある。

頭の悪い人、脚ののろい人がずっと後からおくれて来て訳もなくその大事な宝物を拾って行く場合がある。

頭のいい人は、云わば富士の裾野まで来て、そこから頂上を眺めただけで、それで富士の全体を呑み込んで東京へ引き返すという心配がある。

富士はやはり登ってみなければ分からない」

ここに幸運をつかむかどうかの分かれ目が述べられています。

いわゆる優秀な人は、何かを実際にしなくても、考えただけでわかったつもりになってしまいます。

しかし、それでは本当に物事を理解したことにはならない。

富士山でも、実際に登ることによって、裾野から眺めていただけではわからなかったものを発見できるのです。

できない理由を挙げる人も、実際に行動に移さずにすべてわかったような気になる「頭のよい人」です。

過去の体験知識からの前途の困難が見渡せるため、実行に移す前にできないと決めつけてしまうのです。

それに対して、「頭の悪い人」は、そうした困難が見通せないために、とにかくやってみようとなる。

一歩踏み出すと、気がつかなかった困難に直面するわけですが、意外と解決策が見つかったりします。

過去の体験者がその経験を語る場合に注意しなければならないのは、当時の環境と現在の環境が異なっているということ。

科学の実験と違って、人生にしろ事業にしろ、まったく同じ環境を再現することはできません。

したがって、かつて失敗したからといって、今また失敗するとは限りませんし、その逆に、かつて成功したのと同じやり方で成功するとも限りません。

寺田寅彦は、

「頭のいい人には恋が出来ない。

恋は盲目である。

科学者になるには自然を恋人としなければならない。

自然はやはりその恋人にのみ真心を打ち明けるものである」

科学者であるためには頭がよくなくてはなりません。

しかし同時に、頭が悪くなくてはならないと戒めているのです。

頭でっかちになってしまって行動に移せなければ、やはり幸運には巡り合えないのです。

引用:宮永博史 著
『幸運と不運には法則がある』講談社+α新書