斎藤一人「飽きっぽさは神様が与えてくれたもの」

飽きっぽさ いいため話
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なにが言いたいかっていうとね、飽きっぽいのがいけないんじゃない。

飽きっぽさも、神様が与えてくれた“よきもの”なんだよっていうことです。

だから、例えば「田植えなんて嫌だな。めんどくさいなあ」と思っているような人間が、自動の田植え機の発明をするのであってね。

田植えが趣味みたいに好きで「何時間でも田んぼに浸かって、苗を植えていたい!」という人が田植え機を発明するとは思えないでしょ。

そんなことは、まずないんです。

だから神様が与えてくれたものは、どんなものでも、すべて“使い道”があるんです。

その、神様からいただいたものの“使い道”を作り出していくのが、われわれ人間の頭なんです。

神様が与えてくれるものはすべて、ダイヤモンドの原石みたいなもので、そのままでは輝かない。

“使い道”を探していかなきゃならないんです。

たいがいの人は「自分のこの性質はよくないものだ」と思い込んでいて、それの“使い道”があるなんて考えてもいないでしょう。

引用:「世界一ものスゴい成功法則」
斎藤一人 著
マキノ出版