北方謙三「50歳過ぎたら開き直りだ」

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いいため話 北方謙三
画像:http://pds.exblog.jp/

大学時代に書いた純文学が文芸誌に掲載されたのが、僕の作家デビュー。

学生の作品が文芸誌、それも商業雑誌に載るなんてごく稀(まれ)だったんで、まわりから天才だって言われましたよ。

自分でも「俺は天才だ!」って思ってたんで、それから10年間、アルバイトをしながら小説を書き続けたんです。

ところがその間、活字になったのは4本のみ、編集者に原稿を持って行っては返され、持って言っては返され…の繰り返し。

5年経って自分は天才ではないことがわかり、10年経って自分はその辺の石ころに過ぎないことがわかりました。

それでもう文学はきっぱりやめて、同級生のつてを頼ってどこかの会社に潜(もぐ)り込もうと決意したんですが、ふと駅前のおでん屋で若いやつと酒を飲みながら文学の話をする自分の姿が目に浮かんだんです。

「俺も昔は文学やっててなぁ…」なんて独りごちるオヤジ。

そんな自分を想像したとき、最後にもう一作だけ書いてみようと思ったんです。

その辺の石ころでも10年研(みが)いたら光るんだってことを世の中に見せることはできないだろうか?

それで自分の人生や読書体験を振り返ってたどり着いたのが、エンターテイメント小説だったんです。

最初のエンターテイメント小説は、横浜を舞台に退職刑事が活躍する物語。

それでも編集者に文学の尻尾を引きずっていると言われたんで、さらにそれを切って切って切り捨てていったら、3作目で賞を受賞したんです。

それからは注文が殺到するようになって、気がつけば“ハードボイルド小説の旗手”なんてもてはやされるようになっていた。

でも、ハードボイルドとは何なのか、実はまったく知らなかったんですよ。

作家は自分がもっている創造力を発揮できる場所を絶えず探し続けなければならない。

創造力が枯渇した時、作家は死ぬ。

“火事場の底力”って言われるけど、僕はいつもそれを出していると思っています。

200枚の締め切りを前にして最初の1枚を書き始める時、それが3桁になるなんて想像できない。

「ああ今度こそ、原稿を落とす」と思いながら、3枚目、4枚目…と書くうちに198枚目とかになっている。

人間、自分の力はこれまでと思った瞬間、終ってしまうもの。

火事場の底力を発揮し、どれだけ潜在能力を引き出せるかが勝負。

今の自分にあぐらをかいてしまったらおしまいです。

だからどんな時も自分に真剣に向かい合って、潜在能力が引き出せるような仕事がしたい、そう思っています。

引用:「ビッグイシュー日本版」編集部
『99人の小さな転機のつくりかた』大和書房