スキップ・ウィルキンス「水上スキー中に首の骨を折った後の人生が凄い」

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いいため話 スポーツ
画像:http://free-photos.gatag.net/

スキップ・ウィルキンスは、高校のスター・アスリートだった。

彼は、陸上とアメフトで多くの賞を受賞し、また20を超える大学からの勧誘を受けていた。

しかし、水上スキー中に、スキップは首の骨を折る事故にあってしまう、高校卒業から3日後のことだった。

意識はあったが、体の感覚がまったくない。

ただ、彼の骨折の部位が比較的低かったのが幸いし、彼は自力で呼吸したり首を動かすことはできた。

やがて彼は、肩、腕、手の感覚を取り戻したが、下半身は動かないままだった。

それでも、事故後に初めて自分の曲がった手でブドウをつまみ自分の口に持っていけたとき、彼はとても興奮したという。

「なんで、俺がこんな目にあるんだ!」というのが、大きな事故や病気に苦しむ人の偽らざる思いだ。

スキップもそうだった。

彼の頑健な肉体は永遠に失われたのだ。

彼の絶望は深かった。

その後のリハビリは壮絶なものだったが、スキップはユーモアを持ってそれを切り抜けた。

そして周りの助けとサポートによって、彼はやがて大学を卒業することもでき、心理学の学位も取得した。

ある日スキップは、会合でとても魅力的な女性に出会った。

「あんなかわいい子は、僕みたいなのとはデートしてくれないよな」とそばにいた妹にこぼすと、妹は「聞いてみないとわからないでしょ」と言うと立ち上がり、彼女のほうに歩いていった。

その女性、ダフネは看護師で、同じ高校のスターだったスキップを覚えていた。

彼が3年のときに彼女は1年だったという。

そしてなんと、デートの約束をしてくれたのだ。

2年の交際の後、彼らは結婚する。

スキップは車いすになったからといってスポーツをあきらめるよう男ではなかった。

彼はやがて厳しいトレーニングで自分を鍛え直し始めた。

彼は1975年から1980年の間に12もの車いす競技でアメリカ国内の記録を塗り替えることになる。

車いすの卓球では、10回にわたりチャンピオンにもなり、1980年の車いすのベスト選手にも選出された。

彼は言う。

「あの大けがで私は、他人と競うことをやめ、自分自身と競うことを覚えたのだと思います。

人は常に最善をつくすことをやめてはいけないんです。

もちろん、あの事故にあう前に戻れるなら、それに越したことはありません。

でも私が学んだことと引き換え、というなら、それをあきらめるでしょうね。

それほど、あの事故で私が学んだことは私の財産になっているのです」

引用:アル・シーバート著
『凹まない人の秘密』