
ある夜、王様は、市街の真ん中に大きな石を置いてみた……
ドイツのある王様が、だれも見ていない夜中に、市街の真ん中へ、そっと大きな石を置いて帰城した。
翌朝、酔っぱらいの軍人が、その石につまずいて、倒れて頭を打った。
「だれだい、こんな往来に石を置いたやつは。ばかやろう、気をつけろ」
さんざん、悪口を言って立ち去る。
しばらくして、馬でかけてきた紳士が、間一髪で大石につきあたろうとして、立ち止まった。
「ああ危ない。もう少しのところで、この石にぶつかって死ぬところであった。いたずらするにもほどがある」
ブツブツ小言をいって去ってゆく。
またしばらくすると、一人の農夫が、荷車を引いて通りかかった。
「なんだい、こんな大きな石を置いて。危なくて通れやしないじゃないか」
不平たらたら、石をけって通り過ぎた。
かくして、だれ一人、この石を取り除く者はいなかった。
一カ月後、王様は、市民をその広場に集めて訓示した。
「実はこの石は、私が置いたのである。
しかし今日まで、だれ一人として公益のために取り除こうとする者はいなかった。
これは私の治政の欠陥だろう。
今日この石を、私が取り除こう」
王様みずから、石を動かした。
するとその下に『この石を片づけた者に与える』と記した袋があった。
宝石と金貨二十枚が、その中に入っていたという。
“あれを見よ みやまの桜 咲きにけり
真心つくせ 人しらずとも”
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引用:「光に向かって100の花束」
高森顕徹 著
1万年堂出版
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