岡本太郎「危険な道をとる」

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岡本太郎 いいため話
画像:http://cid5761.hateblo.jp/

人々は運命に対して惰性的であることに安心している。

これは昔からの慣習でもあるようだ。

無難な道をとり、皆と同じような動作をすること、つまり世間知に従って、この世の中に抵抗なく生きながらえていくことが、あたかも美徳であるように思われているのだ。

徳川三百年、封建時代の伝統だろうか。

ぼくはこれを「村人根性」といっているが、信念をもって、人とは違った言動をし、あえて筋を通すというような生き方は、その人にとって単に危険というよりも、まるで悪徳であり、また他に対して不作法なものをつきつけるとみなされる。

これは今でも一般的な心情だ。

ぼくはいつもあたりを見回して、その煮えきらない、惰性的な人々の生き方に憤りを感じつづけている。

ぼくが危険な道を運命として選び、賭ける決意をはっきり自覚したのは25歳のときだった。

パリで生活していた頃だ。

絵描きは絵の技術だけ、腕をみがけばいいという一般的な考え方には、ぼくはどうしても納得できなかったのだ。

しかしそれは極めて危険な問いだ。

芸術ばかりではない。

他の部門のあらゆる専門家、さまざまの企業内の社員でもみんなそうだと思うのだが、この道一筋、ただ自分の職能だけに精進すれば尊敬もされる、報われもする。

それを根本的に疑ったり、捨ててしまえば生きてはいけない。

食ってもいけないということになる。

与えられた枠からはみ出して、いわば無目的的に自分を広げていくとすれば、その先は真暗な未知、最も危険な状況に落ち込むことを覚悟しなければならない。

それは極端にいえば死を意味する。

残酷な思いで、迷った。

ぼくはごまかすことができないたちだから。

そして…いまでもはっきりと思い出す。

ある夕方、ぼくはキャフェのテラスにいた。

一人で座って、絶望的な気持ちで街路を見つめていた。

うすい夕陽が斜めにさし込んでいた。

「安全な道をとるか、危険な道をとるか、だ」

あれか、これか。

どうしてその時そんなことを考えたのか、いまはもう覚えていない。

ただ、この時にこそ己に決断を下すのだ。

戦慄が身体の中を通り抜ける。

この瞬間に、自分自身になるのだ、なるべきだ、ぐっと総身に力を入れた。

「危険な道をとる」

いのちを投げ出す気持ちで、自らに誓った。

死に対面する以外の生はないのだ。

その他の空しい条件は切り捨てよう。

そして、運命を爆発させるのだ。

『自分の中に毒を持て』青春文庫