「宇宙をへこませる」人

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宇宙 いいため話
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大人になって(スティーブ・ジョブズがいうところの)「宇宙をへこませる」ような人がどういう人かを考えてみると、まず頭に浮かぶのは“神童”だろう。

2歳で字が読めるようになり、4歳でバッハを弾き、6歳で微積分をゆうにこなし、8歳までに7ヵ国語を流暢(りゅうちょう)に話せるようになっているような天才児たちだ。

クラスメートは羨望(せんぼう)のまなざしで彼らを見る。

けれどもT・Sエリオットの詩の言葉を借りると、天才児のキャリアは「地軸くずれるとどろきもなく、ただひそやかに」終わる傾向があるのだ。

実のところ、神童と呼ばれた人が大人になって世界を変えることはまれだ。

心理学者の研究によると、歴史上もっともすぐれ、多大な影響をおよぼしている人たちは、子ども時代にはさして才能に恵まれていたわけではない。

天才児を大勢集めてその一生を追跡してみたとしたら、同等の家庭環境に育つふつうの子どもたちよりも、とくに優れているわけではない。

これは直感的に理解できることだ。

才能に恵まれた子どもたちは、学問的な知識は優れているけれども、社会でうまく生きていくための知識に欠けていると、みな思うだろう。

知的な能力があっても、社会的、感情的、実践的なスキルに欠けているのでは?

だが研究の結果を見てみると、この説明では不十分なのだ…才能に恵まれた子どもたちのうち、社会的問題や感情的問題に苦しんでいるのは、4分の1に満たないのである。

大部分はうまく社会に適応しており、社交の場であるパーティでも国語検定大会と同じように楽しく過ごしている。

ではなぜ、天才児は才能にも野心にもあふれているのに、世界を進歩させるようなことを成し遂げられないのかというと、「オリジナルであること」、つまり独自のことや独創的なことを率先して行う術(すべ)を学んでいないからだ。

カーネギー・ホールで演奏したり、サイエンス・オリンピックで優勝したり、チェスのチャンピオンになったりするうちに、悲しい結末が待ち受けている。

訓練で技術は完璧になるが、新しいものを生み出すことができなくなるのだ。

才能ある子どもたちは、高尚なモーツァルトのメロディーや美しいベートーベンの交響曲を奏でるようになっても、自分では作曲をすることはない。

既存の科学的知識を吸収することには労力を注ぐが、新しい知識を提供することはない。

独自のルールやゲームを考え出すのではなく、既存のゲームで体系化されたルールにしたがっている。

そして全過程において、両親からの承認や教師の称賛を懸命に得ようとしている。

研究によると、創造性のもっとも高い子どもたちはむしろ、教師に好まれないことがわかっている。

ある研究では小学校の教師に、お気に入りの児童と気に入らない児童をあげてもらい、リストに示されている特徴に照らして、両グループの児童を評価してもらった。

その結果、もっとも気に入らないと評価された児童は、まわりに同調せずに自分独自のルールをつくる子たちであった。

教師は創造性の高い児童を冷遇し、問題児としてあつかう傾向がある。

そのため、多くの児童はルールにしたがうことを素早く学び、自分だけのユニークな考えを胸にしまっておくようになる。

作家のウィリアム・デレシーウィックツの言葉を借りると、「このうえなく従順な羊」へと変貌(へんぼう)を遂げる。

『誰もが「人と違うこと」ができる時代』三笠書房