君子の徳というのは風のようなものである

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雪 いいため話
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『論語』に「王が善なることをしたいと思えば、人民は善い心がけをする。君子の徳というのは風のようなものである」と書かれている。

このように人が見ているところで徳を積むことを「陽徳(ようとく)」という。

すなわち、上司が天地自然の理に適った正しい行動をしていれば、その指示で動く部下も天に従っていることになるということである。

正しいおこないをオープンにして、より多くの人を巻き込むことで、温かい善行の輪が全国に広がっていくということでもある。

これに対して、「陰徳(いんとく)」は、人が見ていない所でどこまで徳を積むかということが大切であり、そのことが天地自然の理に適った生き方ということである。

『論語』に「仁者は自己が立ちたいと思えば、他人を立たせ、自分が達成したいと思えば他人に達成させるのである。仁者は身近な例えを用いて実践する。これが、仁徳の道というものである」と書かれている。

このことはことわざ「情けは人の為にならず」に通じ、情けは人のためではなく、いずれは巡って自分に返ってくるのであるから、誰にでも親切にしておいた方が良いという意味である。

しかし、他人に恩をきせる奉仕は後で嫌な思いをすることも多々ある。

別のことわざに「他人に為したる善行は忘れるべし」とあり、これが本来の「陰徳」であろう。

また、『論語』にも「自分の善行はひけらかさず、人に面倒はかけない。そういう人間になりたいものです」と書かれている。

言い換えると、「名声や利害にとらわれない、堂々たる人間になり、無名のまま立派な業績を後世に残す」ということであり、商人の立派な業績とは、商売により得た利益を万民の救済に活用することであるといえる。

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和の人間学

吉田 善一 著

冨山房インターナショナル