人生の苦労とは、塩のようなものだ

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海 いいため話
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ある年老いたヒンドゥー教の師は、一人の若い弟子が不平ばかり言うのにうんざりしていました。

それである朝、その弟子に塩を買いにいくように言いつけました。

弟子が戻ると、師はコップ一杯の水に、ひと握りの塩を入れて飲んでみなさいと言いました。

「どんな味がしたかな」と師が尋ねました。

「塩辛いです」と言って、弟子は塩水を吐き出しました。

師はクスリと笑い、同じひと握りの塩を持って、弟子を湖に連れて行き、それを湖の中に撒(ま)くように指示し、そして湖の水を飲んでみるよう言いました。

弟子のあごから水がしたたり落ちるのを見て、師は尋ねました。

「どんな味がしたかな」

「真水です」と弟子は答えました。

「塩の味はしたか」

「いいえ」

その答えを聞いて、師は昔の自分とよく似ている弟子と並んで腰を下ろし、こう諭(さと)しました。

「人生の苦労とは、塩のようなものだ。

それ以上でもそれ以下でもない。

苦労の量はいつも同じだ。

まったく同じなのだ。

だが、私たちが味わう苦さは、その苦労を入れる器の大きさによって決まる。

だから、苦しい目にあったときは、物事を感じる自分の度量を大きくするしかないのだ。

コップではなく、湖になりなさい」

『「自分を変える」心の磨き方』三笠書房