
王が軍隊と共にインド遠征から帰ろうとして、ある砂漠を渡っていたときのことだった。
持参していた水が尽きる。
砂漠で水を失った者に待っているのは死である。
このとき兵士の一人が、どこからか水を見つけ、兜に汲み、それを王に渡す。
兵士の誰ひとり、水を飲んだ者はいなかった。
王だけは助けたいと思い、水を差し出したのだった。
しかし王は、それを受け取らない。
みなと苦しみを共にする、といい、手渡された水を砂漠に流す。
目に見える水は消えた。
しかしそこからは、信頼という名の、魂を貫流し、涸れることにない不可視な水が湧出した。
王と兵士たちは、この「水」を頼りに、多くの試練をくぐり抜け生還することができたのである。
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言葉の羅針盤
若松英輔 著
亜紀書房
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