王道経営

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経営 いいため話
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新将命氏の心に響く言葉より…

我が国では、毎年、3万5000件を越える会社が倒産や廃業をしている。

倒産会社、自主廃業した会社を合わせると、日本では毎日、毎日、1時間に4社すなわち15分ごとに1社が消滅していることになる。

1990年代から2000年代のはじめ、名門の証券会社であった山一証券や、国内乳製品メーカーのトップだった雪印乳業が倒産、解体に陥った理由は、いずれも社会から信用を失ったからである。

近年、問題になった東芝の不正会計も同社の社会的な信用を失墜させた。

優れた技術力や営業力を誇る企業であったとしても、長い歴史を持つ名門企業であったとしても、邪道や無道の経営に迷い込み、道を間違えてしまえば死に至るしかない。

信用を著しく毀損して生き残れる企業はない。

倒産や廃業の理由は企業によってさまざまであるが、その背景に経営者の判断の誤りという事実があるのは疑いない。

ビジネスは結果である。

倒産という結果も、成長という結果も経営の結果にほかならない。

望ましい結果は、正しいプロセスの結果なのだ。

現代は激変、急変、大変の時代である。

ITの世界では、新製品が半年足らずであっという間に旧製品となってしまう。

バージョンアップのサイクルが著しく速い。

企業が生き残り、そして勝ち続けるためには、まずこの時代の変化と環境の変化に追いつき、対応していかなければならない。

欲をいえば、一歩も二歩も先を見通すという先見力や洞察力が求められる。

写真フィルムではレジェンドとさえいわれたイーストマン・コダックがあっけなく倒産したのは、アナログからデジタルという市場の変化に迅速に対応できなかったからである。

会社は変わらなければ生きていけない。

チェンジ(変化)は、王道経営の重要なキーワードといえる。

しかし…である。

変化ばかりに目を奪われて、肝心な本質を見失ってはならない。

本質とは、「不易流行」という言葉に込められている。

「不易を知らざれば基(もと)立ちがたく、流行を知らざれば風(ふう)新たならず」(松尾芭蕉)

不易とは、時代や環境が変わっても、けっして変わらぬ原理原則のことである。

企業理念や文化、労使の信頼関係や結束、顧客志向の社風などは大事に守りたい不易の例といえる。

反面、流行とは、英語で言えば“fashion”(一般的なはやり)ということだ。

不変の原則を守り、一方、変えるべきときは勇気を持って変えるということだが、芭蕉の言葉を現代のビジネスシーンに置き換えていえば、不変の原理原則を知らなければ、基本が成り立たない。

そのうえで、時代や環境の変化(流行)に対応しなければ、時代にふさわしい会社、顧客に必要とされる会社にはなれない、つまりは倒産か廃業という運命が待ちかまえている。

時代がピシピシガタガタと音を立てて変わるとき、人はどうしてもその急激な変化にばかり注目し、その対応を急ぐ。

しかし、そいう時代の変化であるからこそ、むしろ不変の原理原則を守り続けるべきなのである。

それが、すなわち王道経営の第一歩といえる。

アメリカで流行の経営手法を採用した企業を調査したところ、その手法が業績改善につながったということを証明する証拠は何もなかったというレポートがある。

1982年に発行された『エクセレント・カンパニー』や1994年に発行された『ビジョナリー・カンパニー』の中で、エクセレント(優良な)、あるいはビジョナリー(夢がある)と紹介された企業のほとんどはその後、並か、または倒産、あるいは倒産寸前、他社に吸収という状況に陥っているともいわれる。

経営者やビジネス書でも、その時代に流行したハウツー的ベストセラーが名作として後年まで読み継がれるということはほとんどない。

ピーター・ドラッカーの『現代の経営』のように、時代を超えて今日でも、なお読者をつかんでいる本というのは、極めてまれなのである。

時代が去れば、流行は衰えるのである。

その時限りの流行に飲みこまれてしまえば、企業は王道から外れ漂流することになる。

『王道経営』ダイヤモンド社