萩本欽一さんの心に響く言葉

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萩本欽一 いいため話
画像:https://gakumado.mynavi.jp/

■僕の書いた運の本に、女の子から手紙が来たの。

新入社員でいつも上司に怒られて会社に行くのが嫌になっていたそのとき、たまたま僕の本を読んだんだって。

そこに「怒られるごとに運がたまっている」とあって、今は運をためてる時期なんだと思ったら、会社が楽しくなってきたって言うの。

■僕は、ひどい目に遭ったとき、「次、でっかい運がやってくるかな」と思うんです。

現にテレビでコマーシャルの生放送を19回トチる大失敗をして、ションボリして熱海に行っていたときがそうでした。

2ヵ月たって、やり直そうと浅草の下宿に帰って来たら、その日に(坂上)二郎さんから電話があったの。

それがコント55号の結成につながったのね。

奇跡だね。

1日遅れて帰って来てたら二郎さんとコンビになってないんだもんね。

負けは負けのまま終わらない。

人生ってうまくできているね。

■ダメなヤツは俺の仲間だと思うから、ダメなヤツほど応援したくなるね。

小堺一機は最初にテレビに出た時、ガタガタ震えていたからね。

後になって小堺が、「(欽ちゃんから)『あがるヤツ、好きなんだよ』と言われたのが励みになった」って言ってたけど、違うの。

俺と互角のあがり症のヤツがいるんだ、スゲーッて、バカにうれしかったの。

この子がもし有名になったら、この子も俺もすごい幸せに思うだろうなあって。

ですから師匠でも何でもないの。

教えたこと1回もないんだもの。

テレビに出るきっかけをつくってあげただけでね。

でも面白いよね。

僕を師匠みたいに言うんだもんね。

■子どもたちに僕が言ったのは、

「みんなが右を向いていたら、とにかく1回は左を見ろ。左にいいことがある。たくさん人が集まっているところには運がない」とね。

それと「嫌だ」と思ったことも、とりあえずやってみた。

8年前、24時間テレビでチャリティマラソンのランナーになってくれ、と言われたときも、本当はすごい嫌だったの。

66歳という年齢ではキツイよ。

でも嫌なことには運がある。

『人生の流儀』新日本出版社