「絶好調」という人は、本当に絶好調なのか?

banner02
笑顔 いいため話
画像:http://publicdomainq.net

「調子はどう?」と聞かれて「最高だ」と答えるよう勧めると、いつも決まってこんな質問が出る。

「でも、実際に調子がよくなければどうすればいいのですか。物事が順調にいっていないのに最高などと言うのは、ウソをつくことになるから抵抗を感じるのですが」

誤解しないでほしい。

私は正直であることに最高の価値を置いている。説明しよう。

たとえば、サリーという女性が疲れていたとする。

同僚が「調子はどう?」と尋ねると、彼女は正直に「疲れている」と答える。

すると、どうなるか。

サリーは、自分が疲れているという信念を強化する。

その結果、彼女は非生産的な一日を送ることになる。

サリーは一日の激務を終えて、やっと家に帰った。

すっかり疲れ果てている。

座って新聞を開き、宝くじの当選番号を調べる。

なんと、当選している!賞金は一千万ドルだ!サリーはどうするか。

大歓声をあげて椅子から飛び上がるに違いない。

エネルギーのかたまりのようになって、彼女は家族や友人に電話をかけ、賞金の使い道を考える。

しかし、ちょっと待ってほしい。

十秒ほど前、この女性は疲れ果てていたはずだ。

それが今では、十代のチアリーダーのように元気だ。

この十秒間に何が起こったのだろうか。

栄養注射でもしてもらったのか。

そうではない。彼女の変身は極めて精神的なものなのだ!

お断りしておくが、私はサリーの感情を軽んじようとしているのではない。

疲れているのは本当だっただろう。

これはサリーが何に焦点を当てたかという問題なのだ。

疲れていることに焦点を当てることも、その反対に、自分の人生が恵まれていることに焦点を当てることもできるのだ。

_______

できる人とできない人の小さな違い

ジェフ・ケラー 著

弓場 隆 訳

ディスカヴァーより