福聚寺住職「玄侑宗久」流れにまかせて生きる

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玄侑宗久 いいため話
画像:http://blog.goo.ne.jp/

世界でもまれな気質だと思うのですが、日本人にとって働くことは決して苦役ではありませんね。

欧米や他の国々の「ワーク」は、ノルマや義務を意味することが多いのですが、日本人には、生きている限り働くことは当たり前で、寝食と何も違わないのです。

一方、西洋の労働の起源は、ギリシャ神話に出てきます。

シジフォスという男が山の頂上に岩を運び、やっと運び終わるとその瞬間に岩が転がり落ちて、また運ぶことの繰り返し…この不条理が、仕事の原型として描かれています。

でも、日本の神話では、神様が田んぼを作り、機織(はたお)りもする。

仕事は神様もなさる尊い行為なのです。

スサノオノミコトが狼藉(ろうぜき)を働き、太陽神であるアマテラスオオミカミが、天の岩戸に閉じこもって世界が真っ暗になったその時、アメノウズメノミコトが外で神懸かりになって歌い踊っていると、タヂカラノミコトが怪力で岩戸を開け、その隙間からアマテラスオオミカミが外を覗(のぞ)きこみます。

すると「みなの顔(面)が光で白く見えた」という物語が『古事記』にあります。

これは諸説ある「面白い」の語源の一つですが、日本人というのは、困った状況の中でみんなの力を合わせ、そこに光明が差してきた状況をうれしく面白く感じるのです。

東日本大震災で避難してきた人々に、一世帯で二人まで一時帰宅が許されるようになったときのことです。

テレビのリポーターが、息子と家に戻るという七十代の女性に「帰ったら何をしますか?」と問うと、次はいつ帰れるのか先が見えないのに、「二人で掃除をします」と答えていました。

もし帰宅できるのが一人だけなら、あれこれ迷いながらも何をしていいかわからず、時間だけが過ぎてしまったかもしれません。

でも二人になった途端に「困った状況でも、力を合わせて働く」という日本人のDNAにスイッチが入るのです。

自分が住んでいるコミュニティーで、周囲の人々と力を出し合って労働する時、ふだんはインターネットざんまいの若い人でも、そこでの仕事は生きている実感につながっていくのでしょう。

頭で考えたり、不安になって悩んでいる毎日より、働いている時間のほうが落ち着くはずです。

これからも、焦る必要はまったくありません。

立ててあった人生の計画が予定通りにいくことが、幸運とは限らないでしょう。

思いこみに縛られることはないのです。

遠回りをしても、もっとはるかな遠い着地点を心に描いて、大きな流れに沿っていってほしいのです。

それで大丈夫ですから。

『流れにまかせて生きる』PHP