川北 義則 「本物の大人になる」

かっこいい いいため話
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「ノブレス・オブリージュ」という言葉をご存知か。

単純に訳せば「貴族の義務」ということになる。

かつて、ヨーロッパ社会では、特権的な地位にある者は、兵役免除などさまざまな恩恵を受ける代わりに、経済的支出をはじめとした相応の義務を果たした。

それがノブレス・オブリージュである。

転じて、いまは「恵まれた人の役割」という意味合いで使われる。

例えば、アメリカでは、ハリウッドの人気俳優や有名スポーツ選手たちは、日本人には想像もつかないほど桁外れの収入を得ている。

彼らは、その収入からかなりの額面を養護施設などに寄付する。

それが当然のことだと、本人も周囲も思っている。

ノブレス・オブリージュが浸透しているのだ。

国から徴収される保険料は収入が多い人ほど高い。

ある30代の起業家は、そのことについていつも文句をいっている。

「僕はめったに病気もしないのに、すごくたくさん取られている。その金が、親戚でもないじいさんの医療費になっているのだと思うとバカらしい」というのである。

ちょっとみっともない考えではないか。

多くの保険料を支払える収入があることや、健康で医者にかからないでいることに感謝するほうが、ずっと幸せではないか。

税金もそうだが、たくさん稼いでたくさん収めればいいのだ。

せこい手を使って、自分の実入りを少し増やしたところでなんになるのか。

もちろん、節税の工夫はしたらいいが、「品よくやりなさいよ」といいたい。

そういう意味では、某政治家は下品の代表格だろう。

不明瞭なお金の使い方自体も問題だが、それ以前に東京都知事としてあまりにもせこい話ばかりで、都民としては恥ずかしくなったものだ。

自分のお金でないから、このときとばかり慣れない贅沢をしたがる。

また、私腹を肥やすことばかり考える。

こういう人は、懐を豊かにしようとして心をどんどん貧しくしてしまう。

何事につけ、品がないのはいただけない。

上に行くということは、それなりの覚悟を決めることだ。

立場が上になればなるほど、収入や権限も増えるが、同時に多くの不利な条件を与えられる。

それを無視して美味しいところだけをとろうという人は、最初から上に立つ器ではない。

ゴルフには、技量が異なる者同士が楽しくプレーできるように、「ハンディキャップ」という制度がある。

下手な人ほど多くのハンディをもらえる。

これについて、みんな少しでも自分のハンディキャップを減らそうと頑張る。

つまり、不利な方向に努力する。

そのほうが恰好いいからだ。

これと同じ努力を、どんなことに関してもしていくべきではないかと思う。

引用:本物の大人になる
川北 義則 著
三笠書房