
「君は、お、お金が好きかい?」
「もちろん好きさ。嫌いな人などいないだろう」
「お金持ちになりたかった?」
「なりたくなかったと言ったら、それは嘘になる」
「じゃあ聞くけど。君は一万円札の大きさを知っているかい?」
突然の質問に一男は動揺した。頭の中で福沢諭吉が縦になったり横になったりしながら回転していた。
しばらく思考を巡らせるが、答えは見つからない。
「ごめん。九十九(つくも)、分からないよ」
「縦76ミリ、横160ミリさ」
九十九は答え、質問を続ける。
「重さは何グラムか知っているかい?」
「・・・・・分からない」
「1グラムさ。ちなみに一円玉も1グラム。一万円札と一円玉は同じ重さってことだ」
(中略)
「ちなみに五千円札は縦76ミリで横156ミリ。千円札は縦76ミリで横150ミリ。五百円玉は7グラムで、百円玉は4.8グラム。五十円4グラム、十円4.5グラム、そして五円は3.75グラム」
「すごいな・・・・・九十九」
「ぜんぜんすごくない。どれも調べればすぐに分かることだよ。調べなくても、定規をもってサイズを測り、秤をもって重さを量ることなど五分もあれば済むことだ。
一男くん。そこで君に言わなくてはならないことがある。
つまるところ、君はお金が好きじゃないんだ。
だって自分の体重や、家族の好きな食べ物や、好きな女性の誕生日は気にしているのに、毎日触れているお金の大きさや重さを君は知ろうともしていない。
本当に興味があれば、お金のすべてを知ろうとするはずなんだ。どんな色で印刷されていて、どんなものが描かれているか仔細に見るはずだ。
だけど君は今までそんなものを見たことがないだろうし、知ろうともしてこなかった。つまり、君はお金に興味がないんだ」
そのとおりだった。自分はお金そのもののことを何も知ろうとしてこなかった。そして、そんなことを誰も教えてはくれなかった。親も学校も。
九十九は続ける。
「むしろ君はお金を悪者にしてきたんだ。お金を持つと不幸になる。お金で買えない幸せがある。そんな言い訳をして、お金に怯えて逃げ回ってきたんだ。
だから君は、お金の大きさも、重さも、何も知らない。好きでないものが向こうからやってくるはずがない。
君が金持ちにならなかったのは、才能がなかったからでも、運がなかったからでもなく、金持ちになるためにするべき、あたりまえのことを何もしてこなかったからなんだ」
引用:「億男」
川村元気 著
マガジンハウス
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