感謝の目つき

今の暮らしでもそうでしょうが、江戸の時代でも目は口ほどにモノを言い、わけても、「ありがとう」の感謝の気持ちは、自ずと目に表れ、その心が伝わるというものです。 誰かに世話になったとき、ありがとうの言葉以上に、気持ちが伝わると言われているのが、 […]

人間は学問である。

やはり人間は学問である。 学問もこのごろのような知識・技術はだめですが、本当の道の学問、徳の学問というものをやらなければいかん。 偉くなればなるほどやらなければならん。 名士になるほどやらなければならん。 ところが心掛けが悪いと、名士になる […]

佐藤一斎の『言志四録』

明治維新を興した青年たちに大変な思想的感化を与えた本に、佐藤一斎の『言志四録』がある。 その佐藤一斎に抱かれて育った孫の士子(ことこ)が、敗戦の焦土の中で戦後日本を背負って立った吉田茂を育て上げた養母であったことは意外に知られていない。 吉 […]

西郷隆盛 十の「訓え」

薩摩は昔から「武の国」として知られながらも、他国のように深い堀や高い石垣、堅牢(けんろう)な城に頼らず、城はあっても、あえて城楼も天守閣もつくりませんでした。 これはもちろん、城の背後を城山という天然の要害が護(まも)っていたこともあります […]

自家薬籠中(じかやくろうちゅう)の物にせん

世の中の変化なんて気にするなと言われても、変化に乗れない人を落伍者とするかのような論調が跋扈(ばっこ)する中、そう簡単にはいかないのかもしれない。 ならば、自分たちの祖先たちは時代の波をどう乗り越えてきたか振り返ってみてはどうだろうか。 戦 […]

西郷どん式 リーダーの流儀

明治維新後の1872年頃の出来事でした。 司法省で働く島本仲道という土佐藩出身の男がいました。 面識はありませんでしたが、西郷に対して思うところがあったようで、西郷に直接罵倒の言葉を投げかけます。 それも人々が見ている前で。 「西郷・・・西 […]

日本人の道徳心

日本では昔からそれが神道であれ、仏教であれ、各家庭では神棚や仏壇に礼拝をし、“祖先を尊ぶ”という行為を当たり前のこととして続けてきた。 私が子供だった頃、我が家では「誕生日を祝う」という習慣はなかったが、「祖先を尊ぶ」という習慣は生活の中に […]

幕末から明治期にかけて活躍された資本主義の父

幕末から明治期にかけて活躍された資本主義の父と呼ばれる渋沢栄一さんが、貧しい人や、浮浪少年などの世話をする施設である「養育院」をつくったことがあるんです。 そこに収容される人物たちを長年観察していると渋沢さんは一貫した特徴があることに気づい […]

「家康を天下人へと押し上げたい」という部下

元忠は、いつの頃からか、この働き甲斐のある主君(家康)を天下人へと押し上げたいと願うようになっていた。 (人格、風格備わるこのお方ならそれができる) 元忠は、家康なら天下泰平の世を作れると確信していた。 そのためにいつでも命を捨てることを覚 […]

成功する人はみんな逆に考える

「もし神が人間の祈りをそのまま聴き届けていたならば、人間はすべて、とっくの昔に滅びていたであろう、というのは、人間はたえず、たがいに、多くのむごいことを神に祈ってきているから」 これは古代ギリシャの哲学者エピクロスの言葉です。 ここでは神様 […]

心配するな、なんとかなる

大聖国師・古岳は、武士の血を受けた気骨ある人だった。 死出の旅立ちに臨んで述べた最後のことば(遺偈・ゆいげ)は、いかにも峻烈(しゅんれつ)なその人柄を反映するかのように、気概にみちあふれている。 人生は、旅のようなものだという。 「旅」とい […]

エジソンは、欲求不満や恐怖心とは無縁の人物だった。

エジソンは、私が知る中で最も冷静沈着な人物である。 彼は欲求不満や恐怖心とは無縁の人物だった。 後悔するということもなかった。 彼はおごらず、いつも謙虚だった。 私は、そのことが彼を本当に偉大な人間にしたのだと思う。 エジソンは白熱電球を完 […]

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