微笑みの首飾り

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少女 いいため話
画像:http://publicdomainq.net

本当にすばらしい年長者として敬われたいのなら、場所が変わるとともに自分の気持ちを切り換えて、普通の人なみの扱いで当然だと思い、また普通以上に扱われた場合は、それをありがたいことだと感じなければいけないはずなんですね。

そういうふうに思っている方こそが、本当にしゃれている人なのだと私は思います。

けれども、そうでない野暮天(やぼてん)がおりまして、着るものは一流製品を身につけていますが、考えていることが野暮で、ちょっともおしゃれではない。

そして本人はそれでいいとしても、不思議なことに、女房子供までが虎の威を借りる狐になっていばっていることが多い。

芸術家の奥さんもそうですね。

自分の才能で作品を書いて、世の中で評価されているわけでもないのに、それを自分の力でやったような錯覚を起こしている奥様がいます。

子供も同じですね。

私はあるお金持ちの家の子供にこんなことを言ったんです。

「あんたたち、今まで何をしてきたの?

何ができるの?

どれだけお金をかせいだの?

何もないじゃないの。

ただ親からお金をもらっているだけでしょう。

親をせびり倒してヨットを買ってもらったり、車を買ってもらっているんでしょう。

親というのは別の人格を持った別の人間なのよ。

心の中も頭の中も、生きてきた人生も、あなたとは何の関わり合いもない、別の人間なのよ。

それなのに、あなたは親と自分を同一視して、錯覚を起こしているんじゃないの?」

その子たちは、自分の能力以上の生活をしています。

着ているものはピカピカで、外国製の高い時計をして、別荘だヨットだと遊び回っているんです。

いくら高い一流品を着ていても、それではただのマネキン人形と同じです。

私はそういう人たちをおしゃれだというふうには思いません。

本当の意味でのおしゃれということをさとれば、もっと心豊かな楽しい人生を送れるはずなのです。

『微笑みの首飾り』水書房