
ある大学で起きたちょっとしたハプニングを紹介しましょう。
それは日本史を教えている教授の授業中に起こりました。
教授が黒板に「薩摩と長州が討幕を果たすことに成功する」と書いたとき、一人の学生が教授にこう指摘しました。
「今、黒板に討幕と書きましたが、最終的には薩摩と幕府の話し合いで、江戸城が明け渡されたわけですから、この場合、“倒幕”という表現のほうが正しいのではないでしょうか」
こう言われた教授は、「なるほど。その通りだ」と素直に誤りを認め、黒板に書いた文字を改めようとしたのですが、学生のそのあとの一言がよくありませんでした。
「先生は歴史学者なのですから、正確な記述をお願いします」
この一言で教授は激怒しました。
そしてそのまま教室から出て行ってしました。
以来、その学生は教授から嫌われ、満足に口もきいてもらえなくなったといいます。
ここで問題です。
教授はどうして激怒したのか。
なぜ授業をボイコットして教室から出て行ってしまったのか。
これは、人間の本能的な欲求の一つである“自己重要感”と関係しています。
人間は大なり小なり、「その場において重要な存在でありたい」「他人よりも優れていたい」「人から敬われたい」という欲望を抱いています。
それをないがしろにされると、思わずカッとなったり、キレてしまうことがあるのです。
この自己重要感は生理的な欲求などよりもはるかに強く、その人の年齢や地位とともに強まっていく傾向があります。
教授は、「先生は歴史学者なのですから、正確な記述をお願いします」と言われたことで、ほかの学生の前で恥をかかされ、教授としてのプライド、つまり自己重要感をいたく傷つけられてしまいました。
そこから逆に、人を喜ばせるための大きなヒントを得ることができます。
「その場において重要な存在でありたい」「他人よりも優れていたい」「人から敬われたい」という人間特有の心理作用を逆手にとって、相手の自己重要感を高めるように努めれば、相手を喜ばせることができるからです。
こういうと、いかにも難しそうに思えるかもしれませんが、やり方はとても簡単です。
■その道のエキスパートと呼ばれる人のことは「先生」と呼ぶ。
■目上の人やお世話になった人と食事をするときは、相手を上座に座るように誘導する。
■スピーチが得意な人がいたら、結婚式などの主賓として挨拶をお願いする。
このように、相手のプライドや自尊心にかかわる部分に理解、関心を示し、それをさりげない態度で表すだけでかまいません。
相手の得意なことについて尋ねてみるのもいいでしょう。
おしゃれな先輩がいたら、「どうやったらそいうカッコイイ着こなしができるんですか?」と言ってファッションのコツを聞きだしたり、料理が上手な同僚がお弁当を持参したら、「この料理、おいしそうね。どうやってつくるの?」と尋ねれば、相手だって悪い気はしません。
むしろ、優越感が満たされることで愉快な気持ちになり、そう言ってくれた人に対して好感を寄せるでしょう。
誰に対しても、それを行うことができれば、みんな気分が良くなり、そのぶんだけ、宇宙銀行にたくさんの預金を積んだことになります。
オーストリアの精神科医アルフレッド・アドラーもこう言っています。
「他人とうまくつきあうには、相手がなんとか自分を優秀に見せようと、躍起になっていることを念頭におくことだ」
『「宇宙銀行」の使い方』
サンマーク文庫
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