池谷裕二「頭がよい」というのはどういうことか?

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頭いい いいため話
画像:woman.mynavi.jp

「頭がよい」という表現には多義性がありますから、その定義を一概に論じるのはむずかしいのですが、私は、頭のよさを「反射が的確であること」と解釈しています。

その場その場に応じて適切な行動ができることです。

苦境に立たされても、適切な決断で、上手に切り抜けることができる。

コミュニケーションの場では、瞬時の判断で、適切な発言や気遣いができる。

そんな人に頭のよさを感じます。

このような適切な行動は、その場の環境と、過去の経験とが融合されて形成される「反射」です。

だからこそ、人の成長は「反射力を鍛える」という一点に集約されるのです。

そして、反射を的確なものにするためには、よい経験をすることしかありません。

たとえば、骨董品の鑑定士は、実物を見ただけで、本物か偽物か、また本物だったらどれほど芸術的価値があるかを、瞬時に見分けることができます。

ほとんど反射です。

真贋を(しんがん)を見極める力は、経験がものを言います。

どれほどたくさんの品を見たことがあるのか、どれほどすばらしい逸品に出会ってきたか———素晴らしい経験はかけがえのない財産となり、適切な反射力として実を結びます。

センスや直感などもすべて経験の賜物です。

逆に、悪い反射癖が身に付いてしまうと、なかなか戻すことがむずかしいものです。

自己流でテニスやゴルフを始めてしまって、妙な癖がつくと、その後に正しい訓練を受けても、修正しづらいことと同じです。

実際、脳の作動原理としては、身体運動と直感はともに手続き記憶という同じプロセスなのです。

そんな背景から私は、よく生きるためには、「よい経験が1番だ」と考えているのです。

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「脳には妙なクセがある」

池谷裕二 著

扶桑社新書より