神様はありがとうに反応する??

banner02
小林正観 いいため話
画像:http://free-images.gatag.net/

古事記の中にある「天岩戸(あまのいわと)開き」という話の中に、神様の性質が隠されています。

それは次のような話です。

「須佐之男命(すさのおのみこと)の乱暴な行動に怒り、天照大神(あまてらすおおみかみ)は天岩戸に閉じこもってしまいました。

すると、すべてが闇になり、さまざまな禍(わざわい)が生じます。

どうしたらいいものかと八百万(やおよろず)の神が相談し、さまざまな儀式を行いました。

そして、天細女命(あめのうずめのみこと)が天岩戸の前で桶を伏せて踏み鳴らし、踊ることになったのです。

この踊りを見た八百万の神々から、笑いの渦(うず)が巻き起こります。

楽しそうな笑い声を聞いた天照大神は、周りで何が起こっているのかと思い、天岩戸を少し開けて問いました。

そこへ、待ち構えていた天手力男神命(あめのたぢからのみこと)が岩戸を開け、世の中に光が差し込むことになったのです」

この物語では、天照大神は、「泣いてもわめいてもお願いしても、聞いてくれない」ということを教えています。

単なる神話だと思う方もいると思いますが、私にはそうとは思えないのです。

物語をとおし「神様を動かすには、お願いごとをしても駄目なんだ」ということを、私たちに教えて下さっているように思えました。

「自分の人生が思いどおりにいかず、辛いので何とかして下さい」と言っても、神様は聞いてくれません。

「面白がること」「楽しむこと」「幸せに過ごすこと」こそが、神様を動かすために有効な手段らしいのです。

「人生が面白くて、楽しくて、恵まれているものがたくさんあって、とても幸せです。神様ありがとう」と言っていると、

神様は、「本質がわかったんだな」と思い、もっと味方になってあげようと、と考えるようです。

もしかすると神様はとことん不公平なのかもしれません。

というのは、悲しがって辛い辛いと言っている人には、何の関心もない。

神様に、愚痴や泣き言をいくらぶつけたとしても、聞く耳を持ちません。

これは、私たちの生活の中で神様を味方につけるための、非常に重要なポイントです。

本来、神社仏閣はお願いを伝えるところではなく、「自分がどれほど恵まれているか気がつきました。ありがとう」と、

お礼を言いに行くところです。

「ありがとう」とは、もともと「有り難し」という言葉で、人間業ではない、

自然界には存在しないような現象を「有り難し」といい、神に向かって言う言葉でした。

人間に向かって言うようになったのは、室町時代以降のことです。

私たち人間や、動植物に向かって「ありがとう」と言うと、神様はすべて自分に向けられた言葉だと認識します。

ですから、たくさんの「ありがとう」が神様に届くと、この人間に何かしてあげようかな、と思うようです。

「ありがとう」という言葉に一番反応する神様は、天照大神。

この神は「あまなく照らす」ことから「アマテラスオオミカミ」と呼ばれています。

私たちは、神様から見るととても小さな存在です。

しかし、一人一人が天照大神のように輝いて生きていき、その人がいることで周りを明るく楽しく照らす、

まるで「小さな天照大神」のような人がいたら、神様は嬉しいのではないでしょうか。

ありとあらゆる人に対して、明るく、楽しく、笑顔で、爽やかな存在となって周りを照らしていく人は、

「小さな天照大神」になれるかもしれません。

「小さな天照大神」を略して「プチテラス」ということにしました。

私たちは、誰もが「プチテラス」として生きていくことができます。

引用:無敵の生きかた
小林正観 著
廣済堂出版