新しい時代への大転換期を生きるために

時代の転換期

時はいま、激変動乱の時代、近代から次の新しい時代への大転換期である。

いま我々に求められている力は変化対応能力ではない。

正に時の流れを俺が創るという「時流独創の志」である。

世界は西洋の没落と東洋の興隆を目の前に体験している。

西洋的価値観が音をたてて崩落し、東洋的価値観が世界を動かし始めている。

人間の本質は理性ではなく、感性であり心であるという時代になった。

人々は「理屈じゃない!心が欲しい」と叫んでいる。

理性的な機械的な分析の時代から、感性的で有機的な統合の時代へと変わった。

いまや統合が時代を動かすキーワードである。

西洋的な能力主義から東洋的な人格主義へと時代の要請は変わりつつある。

人材ではなく人物が求められているのである。

経済も金を目的とする資本主義経済から、人間を目的とする人格主義経済へと移行し、社会も権利を主張して責め合う西洋型の民主主義から、道義を重んじて許し合う東洋型の互恵主義社会が構想されている。

いまやすべてにおいて原理的変革が激しく求められている。

時代は人間に「激しく変われよ!」「激しく変えろよ!」と叫んでいる。

我々は決して変化を恐れてはならない。

変化こそ生きている実証である。

原理的変革の時代においては、自らが激変激動を呼び起こし動乱を巻き起こす創造的破壊への勇気と行動力が求められる。

であるが故に、変化が起こってから、どうしようかと考えるような、問題の後追いとなる変化対応能力では、あまりにも弱々しく消極的でみじめでなまぬるい。

変化や問題が起こってから対応を考える様では、苦しく辛い生き方から抜け出せない。

明治維新から今日までを考えても、百年たてばすべては激変するのである。

いま我々の目の前にある何をとっても、いまのままでよいものは何一つない。

人間が生まれてくる目的は歴史をつくるためである。

歴史をつくるには、我々はせいぜい生きるこの百年という人生を、何か一つでも、より良い変化をつくり出すために使わなければならない。

職業人は、いま自分がやっている仕事に歴史をつくらなければならない。

歴史をつくるとは、いままでの人間が誰もやったことがないことをすることである。

だから時代の大転換期を生きる人間は、すべからく「時流独創」の気概を持つ必要がある。

新しい時代をつくる創造力の原理は「常識で考えるのではなく、常識を考える」と言う発想の転換である。

「常識を考える」とは、何事によらず「はたしてそうであろうか、本当にそうなのか、本当にこのままで良いのか」と問うてみることである。

激変の時代であるが故に、我々はいまこそ常識に縛られず、すべてを原点に返って無化し、自由にはばたく野生の魂を取り戻さなければならない。

『いまこそ、感性は力』致知出版社