「経・律・論」という「三蔵」

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お釈迦様は、2500年前に「経・律・論」という「三蔵」を教えとして残しました。

それを700年くらいかけて、弟子たちが漢訳したものを「一切経」、あるいは「大蔵経」といいます。

そして、この三蔵をすべて修めた人を、「三蔵法師」と言います(三蔵法師は何十人もいるそうです)。

一人目が「玄奘(げんじょう)」という人で、物語の「西遊記」のモデルになりました。

日本にも、「一切経」を読み込んだ人が何十人かいます。

私はこのうちの3人に出会ったことがあります。

その3人が3人とも「いちばんおもしろい」と言ったお経が、なんと同じものだったのです。

この3人が挙げたお経は、「観音経」というものです。

「観音経」には、このような一節があります(起承転結は、私がつけたもので、このように分けられているわけではありません)。

・【起】今、私たちの目の前に、子どもが楽しそうに遊んでいる。遊んでいる子どもたちの姿を人間だと思って、私たちは見ている。じつは、観音様というのは変装の名人で、33の化身を持つ。子どもの姿も、その33の化身のひとつで、楽しそうに遊んでいる子どもというのは、観音様の化身かもしれない

・【承】この楽しそうに遊んでいる子どもたちは、「観音様の化身かもしれない」ではなく、観音様そのものである

・【転】それを笑顔で楽しそうに見ている私も、観音様の化身かもしれない

・【結】それを笑顔で楽しそうに見ている私は、「観音様の化身かもしれない」ではなく、観音様そのものである

すごいお話です。

楽しげに遊んでいる人たちは、この「観音経」によると、全員、「観音様の化身」らしいのです。

その楽しげに遊んでいる人を見ている「私」が、楽しくて幸せになった瞬間に、「私」自身も観音様の化身になったということです。

向こうにいる神様、仏様、観音様は、みんなが楽しそうに過ごしているところを上から見通していて、「自分も、ときどき、楽しみに行こうかな」と思うらしいのです。

そして、人間の姿になって、この人間社会を楽しみにきているというのです。

私たちは、人間社会に修行に来たのではないようです。

喜び、楽しむために生まれてきた。

ですから、楽しみを味わうことができた人は、「観音様の化身」なのかもしれません。

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ありがとうの魔法

小林正観 著

ダイヤモンド社