感情に左右されない

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感情 いいため話
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われわれはどんな状態であっても、そのままで幸福になれる。

わたしはそう思っている。

わたしたちは、金持ちイコール幸福、貧乏イコール不幸と、短絡的に考えている。

でも、それはおかしい。

ちょっと考えれば分かるように、この世には幸福な金持ちもいれば、不幸な金持ちもいる。

不幸な貧乏人もいれば、幸福な貧乏人もいる。

あなたがもし貧しければ、幸福な貧乏人になるようにすればいい。

貧乏を嫌って金持ちになろうとして、不幸な金持ちになるのは馬鹿げている。

わたしたちの思い込みでは、たとえば、失恋は不幸である。

失恋すると、たいていの人は嘆き悲しむ。

けれども、失恋の反対の得恋(とくれん)が幸福かといえば、必ずしもそうではない。

有名な…真間手児名(ままのてこな)…の話がある。

彼女は美少女で、下総(しもうさ)国葛飾郡真間(現在の千葉県市川市)に住んでいた。

沓(くつ)も履けない貧しい少女であったが、多くの男たちに求婚された。

気のやさしい手児名は、多数の男のうちから一人を選ぶことができず、みずから花の盛りを入り江に身を投げて自殺してしまった。

この手児名の話は『万葉集』に山部赤人や高橋虫麻呂が作歌している。

たしかに、失恋は悲しい。

けれども、真間手児名の例でも分かるように、得恋イコール幸福、失恋イコール不幸ではない。

わたしたちは失恋したのであれば、幸福な失恋者になろうとすればよい。

幸福な失恋者とは、相手の幸福を祈ってあげられる人間であろう。

自分がいまある状態において、しっかりと幸福になろうとすること。

それがいちばんすばらしい生き方だと思うのだが…。

『のんびり生きて気楽に死のう』PHP研究所