足るを知れば辱(はずかし)められず

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足るを知る いいため話
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ブッダは「嫉妬することで満足することがないから、明らかな智慧(ちえ)をもって満足するほうが優れている。明らかな智慧をもって満足している人を、嫉妬が支配することはできない」と述べておられます。

もしあなたが「足(た)る」を知る、つまり自分のもっているものの大切さを知り、ひとをうらやんでも意味がないという智慧をもつなら、もはや嫉妬があなたを支配することはないと語っているのです。

「足るを知る」ということは、「いま自分のもっているものを大切にせよ」ということです。

もともと「足るを知る」という言葉は老子(ろうし)の「足るを知れば辱(はずかし)められず」から来ています。

そして「足るを知れば辱められず」に続けて「止まるを知れば殆(あや)うからず(限度を知れば危険はさけられる)、もって長久なるべし」と語っています。

老子はこの説明として「名誉と身体とどちらが大切か、健康と財産はどちらが大切か、得ることと失うことはどちらが苦しいか、ひどく欲しいものがあれば、大いに散財する、たくさん持てばたくさん失う」といっているのです。

他人が何かをもっていても、それは健康に比べれば意味がない、もっているものは必ず失うようになるのだ、だからうらやんでも仕方がないといっているのです。

連合艦隊司令長官を経て、昭和天皇の侍従長として二・二六事件の際にあわや一命を落とすばかりの経験をし、天皇に請われて終戦時の総理大臣になった鈴木貫太郎(かんたろう)大将の座右の銘は「足るを知る者は富む」でした。

あれほどの名声地位をもつ鈴木貫太郎大将がこれを座右の銘にしていたということに深い感慨を覚えます。

堀口大学という詩人がいます。

芸術院会員で文化勲章をもらい、功成り名遂げたこの詩人に「座右銘」という詩があります。

「暮らしは分が大事です

気楽が何より薬です

そねむ心は自分より

以外のものは傷つけぬ」

人をそねみ、うらやんでも、結局うらやむ自分が傷つくのだという詩です。

これはほんとうにわたしたちの心を動かす詩です。

さらに「気楽が何より薬です」という言葉には「気楽になることが人生の目的だ」という意味も含まれているように思えます。

江戸時代の禅僧で書画をよくして博多の仙(せん)がい和尚は「寡欲(かよく)なれば即ち心おのずから安らかなり」と書いています。

つまり自分のもっているものに満足し、多くを望まない、うらやまない、他人のもっているものを欲しがらないということを実践すれば、心は自然に楽になると教えているのです。

『人生の目的は「心が楽になること」』新講社