
「水ノ口中ニ入冷暖自知スルガ如シ。」(みずのこうちゅうにいりれいだんじちするがごとし)
ここにある「冷暖自知」はよく使われる禅語。
置いてある水が温かいか冷たいかといわれても見ただけではわからない。
ではそれを知るにはどうしたらいいかというと、手を突っ込むか飲んでみればいい。
そうすれば自ずから冷たいのか温かいのかわかる。
つまり、外側から見ているだけで、「あの水は冷たいだろうか」といくら考えたところで何も始まらない、ということをいっている。
我々は本を読んだり人の話を聞いたりして学ぶ。
すばらしい本を読み、すばらしい話を聞くと、感動して何か自分がステップアップしたような気になる。
しかし、それは勘違いだ。
その瞬間は確かに感動したとしても、それだけで人が成長するものではない。
古典の名言をいくら覚えても、それだけでは賢くはならないのと同じことだ。
大切なのは、感動した言葉、感動した話をどのように自分の日々の生活に取り入れ、生かしていくのかということ。
自ら体験することによって、その言葉の意味を「こういうことだったのか」と自覚していかなければなんにもならない。
それが「冷暖自知」ということである。
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山岡鉄舟 修養訓
平井 正修 著
致知出版社
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