生まれたときに、死ぬことが決まっています。

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死 いいため話
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生まれたときに、死ぬことが決まっています。

死ぬときを決めて生まれてきました。

とりあえず事実を事実としておっかけてくると、どうしてもそういう結論になる。

自分の目の前に起きる現象は全部自分が書いたシナリオだと完全に頭の中を入れ換えることができると、ありとあらゆることに不平不満、愚痴、泣き言、悪口、文句を言わなくなります。

だって自分が書いたんだから。

「こんなひどい悲惨な人生を自分でシナリオに書くわけがないじゃないか」って私にかみついた人がいるんですけど、そう思っていること自体が悲惨な人生を生んでいるんですよ、というのが私の答えです。

人生に悲惨か恵まれているかというのはないんです。

たとえば、ものすごく経済的に恵まれた裕福な家に生まれた子供がいるとします。

そういう子の50パーセント、つまり2人に1人は、裕福なるがゆえにすごくワガママで、どうしようもないやつです。

自己中心的に育って、大人になっていきます。

あとの半分くらいの人は、鷹揚(おうよう)で「金持ち喧嘩せず」という言葉のとおり、人に対して寛大で寛容で温かくて、非常にのんびりとして、人を信じながらニコニコ生きていくタイプの人です。

今度は、ものすごく経済的に困窮している家に生まれ育ってきた人がいるとします。

すると、その困窮した生活の結果として性格がねじれてグレてしまったという人が2人に1人、50パーセントぐらいはいます。

一方、若いころからずーっとそういう家で育ってきたがゆえに、人を大事にして、苦労人としてとってもいい人格を養いながら大人になる人もいる。

これも50パーセント、2人に1人。

結論を言うと、裕福であろうが貧しかろうが、関係がない。

必ずどっちも50パーセント、50パーセントです。

自分がどっちの人格になるかというのは、自分でシナリオを書いてきただけのことで、自分の生まれ育った環境には全く関係がありません。

裁判で「この人は幼少のときにすごく苦労しながら生きてきたので、情状酌量(じょうじょうしゃくりょう)を認めてください」というふうに弁護士が言います。

裁判長もそれを認めたりするときもある。

だから、貧しさは人格形成にマイナスの影響を与える場合があると常識のように通用しているけれど、実は宇宙的には生まれ育ちの状況は関係がない。

裕福でも貧しくてもまったく同じ。

どこの生まれ育ちであっても、なんであっても、50パーセントずつ。

自分の生まれ育った環境や状況に対して愚痴を言うか、言わないかという、そこに分かれ目があるだけ。

そこに違いがあるだけです。

『宇宙を貫く幸せの法則』致知出版社