自分の名前を大切にできていますか?

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親に感謝 いいため話
画像:http://gahag.net/

忘れもしない、ある晩のことである。

私は食堂の大きな机に着いて、祖父の前で学校の宿題をしていた。

私が提出する宿題に、自分の名前を汚い字で殴り書きするのを目にした祖父は、平手を机に叩きつけて立ち上がり、宿題の紙をずたずたに破り捨てて、耳を劈(つんざ)くほどの大声で怒鳴った。

「自分の名前を粗末にするな!」

祖父の突然の剣幕に恐れおののく幼い私をよそに、祖父は自分の部屋に行ってしまった。

それを見ていた祖母が、わなわなと震える私に優しく声をかけてくれたのだった。

「ぐすん、ぐすん」と泣く私に、字が汚いから怒られたのではなく、名前を粗末にしたから怒られたということを教えてくれた。

そして「竹田」というのは明治天皇から賜ったもので、「恒泰(つねやす)」という名は祖父が付けてくれたことを初めて聞かされた。

母から聞いた話によると、私の名前の「恒泰」は、私の父母が相談しながら候補を挙げ、最後に三つに絞り、その中から祖父が一つを選んだというのだ。

また「恒泰」は父の命名の時の候補にも挙がっていたらしい。

祖父は「自分に誇りを持て、家に誇りを持て、先祖に誇りを持て、そして皇室と日本に誇りを持て」と言いたかったのだと思う。

それでも、祖父があれほど怒った本当の理由を知ったのは、祖父が亡くなってからのことである。

社会人になってから、大切にすべきは、自分の名ばかりではないことを知った。

人には必ず名前があって、それぞれに思いが込められている。

だから、人様の名前を書き間違えたり言い間違えたりすることはあってはならないことであり、名刺は丁寧に扱わなければならないことが分かった。

手紙の宛名を丁寧に書くのも同じことである。

以来、私は自分の名前を粗末に書いたことは一度もない。

もしあの時、祖父の怒りに触れていなければ、あのまま、名前を大切にしない大人になっていたことだろう。

怒鳴られずに、宿題のプリントを破り捨てられずに、ただ優しい言葉だけで説明されても、きっと骨身に染みることはなかったと思う。

そして二十年以上の時が流れた平成十七年、三十歳になった私は、最初の著書を上梓(じょうし)すると、本にサインを求められるようになった。

普通サインといえば、殴り書きをするものだが、私にはどうしてもそれができなかった。

そこで、考えた末に「竹田恒泰」を、隷書という古い書体を用いて、四文字を密着させてあたかも一つの漢字であるかのようなデザインにして、それを自分のサインにした。

かっちり書くので、かなり時間が掛かるが、名前を大切にする姿勢が少しでも伝わればと思って、それを今でも続けている。

『日本の礼儀作法』

竹田恒泰 著

マガジンハウス