【音声】桜井博志「逆境経営」

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桜井博志 いいため話
画像:hiptokyo.jp

伝統産業にあって変わることを恐れず、型破りな経営改革を可能にした、旭酒造・桜井博志社長の合理的思考法と熱い信念についてまとめた経営本です。
2014年1月16日テレビ東京系カンブリア宮殿出演!
先代だった父に勘当されていた桜井社長は酒造りから離れていましたが、その父の急逝を受けて約30年前、旭酒造の三代目社長に就きました。日本酒市場は1975年をピークに3分の1にまで縮小、山口県の山奥にある同社はそれを上回るペースで売り上げが急減し、就任当初は、気づけば日に何度も自分の死亡保険金を計算してしまうほど追い詰められ、ふたりの子どもの寝顔を見ながら、眠れぬ日々が続きました。
しかし、死ぬか生きるか。だったら、やれることをやろう。目の前の常識をすべて疑い、新しい旭酒造に生まれ変わろう。そう心に決め、改革を進めてきました。「変えるべきでない伝統は何がなんでも守り抜き、一方で、大事なものを守り抜くために変わることを恐れない」。
小さな酒蔵であることが強みになるよう、小規模な仕込みでないと造れない、また少量でも愛され続ける純米大吟醸酒に商品をしぼり、『獺祭(だっさい)』を開発しました。また、勝負する市場は地元より大きい東京を中心とする全国市場へ、そして、杜氏と蔵人に任せきりだった酒造りも、可能な限り数値化し安定生産を目指して社員だけで通年生産する仕組みを構築しました。
そして2012年、ついに純米大吟醸市場でトップに躍り出ました。海外市場開拓も約20カ国を数え、今や業界唯一の勝ち組ともいわれています。

しかし、今の地位にしがみつき、守りに入る様子は一切ありません。2014年3月には、パリのシャンゼリゼ通りにレストラン併設の直営小売店を出店するなど、海外でさらなる日本酒浸透をはかっていきます。
まったく売れずにつぶれかけた時があったからこそ、お客様に支持を頂けるようになった今、桜井社長は言います。「打席に立たせてもらったからには、三振して無様に尻餅をつこうが、バットを振らなければならない」。あくまでハートは熱く、しかし事業の見通しや仕組化を冷徹に進めるその姿勢は、地方企業やベンチャー、伝統産業など多くが抱えておられる悩みへのひとつの解を体現しつつ、『獺祭』をはじめとする日本酒の味わいを一層深めてくれます。

【プロフィール】

桜井博志(さくらい ひろし)

1950年 山口県周東町の酒蔵の長男として生まれる
1973年 松山商科大学経営学部卒業
同時に西宮酒造株式会社(日本盛)入社
1976年 同社退社、旭酒造株式会社入社
1979年 同社退社、石材卸業・桜井商事設立
1984年 旭酒造株式会社代表取締役就任
1988年 日本青年会議所玖西JC理事長
1990年 日本青年会議所山口ブロック協議会会長
同年「獺祭」発売
1999年 地ビールレストラン開店するも三ヶ月で閉館
杜氏制度を廃止し社員による酒造りへ