【実話】出光創業者「出光佐三」氏に学ぶ戦後の起死回生ストーリー

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画像:http://qbiz.jp/

今も大変な状況ですけど、あの敗戦直後、国民のすべてが茫然自失(ぼうぜんじしつ)した状況とは比較になりません。

出光さんが20年以上かけて建造したタンカー「日章丸」が攻撃を受け沈没してしまう。

さらには敗戦によって、海外に持っていた拠点、財産がすべてなくなってしまった。

出光さんは59歳の時、まさにすべてを失われて、再出発されるわけですよね。

残ったのは借金だけ。

にもかかわらず、敗戦から2日後の8月17日、全社員に対して

「愚痴(ぐち)を止めよ」
「世界無比の3000年の歴史を見直せ」
「そしていまから建設にかかれ」と言われた。

しかも、仕事など一つもない時に海外で働いていた800人が引き揚げてくる。

そんな状況の中で、「一人も馘首(かくしゅ・解雇)しない」と言われているですね。

私は出光さんの覚悟に非常に深い感動を覚えます。

いまの我われの経営状況とはまるっきり違って、本当に生きるか死ぬか、明日何を食べられるのかと思いながら生きていた状況でしょうから、

出光さんがいまの状況をご覧になったら「そんなことで甘ったれるな」と言われそうな感じがしますね。

人間は自分より優れたものを見た時に、敬うという気持ちが起こります。

それと同時に恥じるという気持ちが起こる。

この敬と恥じこそ人間進歩の原動力だと思います。

あらゆる組織は人間によって成り立つわけで、とりわけトップの倫理的価値観が全組織に息吹くんですね。

「人間尊重、自己尊重、他人尊重」、この三つが出光さんのバックボーンになっていると思います。

人間に対する深い愛情とか敬う心がない経営者は部下から信頼されることも、愛されることもないですよ。

出光さんは人間尊重の精神を深くお持ちで、おそらくその根本は彼の両親から来ているところが大きいと思います。

出光さんの父親は福岡県の宗像(むなかた)で染め物業を営み、

「働け。そして質素にせよ。ぜいたくをするな」というのが口癖だったそうです。

しかし、化学染料の台頭で藍玉(あいだま)が売れなくなり、倒産してしまう。

それでも一所懸命働き、僅(わず)かな稼ぎの中から彼に学費を仕送りし続けている。

そういう親の愛情を一身に受けたことがその後の人生に繋(つな)がっていくんだと思います。

引用:“出光佐三に学ぶもの”対談北尾吉孝&北康利
『月刊致知 2014年3月号』致知出版社