野村克也「弱者の流儀」

野村克也 いいため話
画像:http://toyokeizai.net

私は、自らのことを間違いなく「弱者」だと思っている。

人はいろいろと言うかもしれないが、自分の人生を振り返ってもやはり私は弱者だ。

プロ野球の世界で選手としても監督としても実績を残すことができた。

だが、これは私が強いからではない。

弱者であるからゆえ、いつの時もおごらずに謙虚になることができた。

それが、結果につながった。

弱者こそ、最後に勝つのである。

そもそも、私が自分を弱者だと思うその原点は、幼少期の経験にある。

私が生まれ育った京都の田舎の家は、とにかく貧乏だった。

想像を絶する貧困家庭。

父親は私が2歳の時に亡くなり、兄と私の二人を体の弱い母親が女手ひとつで育ててくれた。

戦後直後で、もともと食料もない時代。

まさに絵に描いたような典型的な田舎の貧乏一家で育ったのだ。

だから、とにかく貧乏から脱却したい、そのためにはどうしたらいいのか、どうすれば金持ちになれるのか。

子供の頃はそんなことばかり考えていた。

それで中学では野球部に入って、とにかく必死に打ち込んだ。

野球を極めれば、プロになれる、金持ちになれる、貧困から脱却できる、と思って。

高校は峰山高校で野球に取り組んだ。

とは言っても、峰山高校野球部は、当時部員は12人くらいしかいなかったし、結局私のいた高校3年間で甲子園の京都府予選に一度勝っただけという典型的な弱小高校。

プロのスカウトが見にくるなんてことはもちろんあり得ない。

あまりにも弱いから、一度潰されそうになったこともあるくらいだ。

そんな経験を子供の頃からしていると、やっぱり何をしていても良く言えば謙虚、悪く言えば卑屈になってしまう。

貧乏性が体に染みついているのだろう。

その後、運良くテスト生でプロに入っても、成功できるなんて夢にも思わなかったし、田舎の高校を出ただけの自分が監督になれるとも思わなかった。

自分が強いとは、とてもじゃないけど思えない。

でも、結果としてそれが良かったのかもしれない。

自分が強いと勘違いしてしまったら、そこで努力をしなくなるし成長は止まってしまう。

頭を使って工夫しようとすることもなくなるだろう。

貧乏性がゆえに、いつも謙虚に努力して工夫をすることができた。

それが、プロ野球の世界で長くやれたことにつながっているのだと思う。

やはり、弱者は最後に勝つ。

もっと正確に言えば、弱者だから謙虚さを忘れず、努力を続けることができる。

だから最後に勝てる。

それは今の若い選手たちにも忘れてほしくないことのひとつだ。

『弱者の流儀』ポプラ社