高倉健「働く意味」

banner02
高倉健 いいため話
画像:アメーバニュース

平成二年(1990)、俳優・高倉健は、高校時代の親友の依頼で川越の少年鑑別所に行き、“挨拶”をすることになった。

どんなことを話せばよいかと友人に訊いた。

「世界で日本だけが、看守が拳銃を持たずにいる。少年たちを信頼しているからだ」というようなことを言ってもらえればいい、とのことだった。

少年たちは盆踊りの練習が終わったあとで、グラウンドで整列していた。蝉が盛んに鳴いていた。

高倉は一礼した。紅顔の少年たちだ。とたんにジーンと熱いものが込み上げ、先刻の約束の話はどこかにすっ飛んだ。

「いろんなことがあったから、皆さんここにいるんだろうけど、目をつぶって自分のいちばん好きな人、恩のある人を思い出してください。

その人のために、他の誰のためでもなくその人だけのために、一日でも早くここを出て、更生してください。

たとえば、恋人、母親、父親、・・・目を閉じると浮かんでくる人のために頑張る。

そういう人を持つ、そういう気持ちを持つことがとっても大事なんじゃないかと思います」

訥々(とつとつ)として強く、温かい高倉の言葉は、耳を傾ける少年たちの胸に沁みた。

(中略)

高倉は、母が亡くなったとき、大事な撮影の最中で、告別式に行けなかった。その悲しみは深かった。

「お母さん。僕はあなたに褒められたくて、ただ、それだけで、あなたがいやがっていた背中に刺青を描れて、返り血浴びて、さいはての『網走番外地』、『幸福の黄色いハンカチ』の夕張炭鉱、雪の『八甲田山』。北極、南極、アラスカ、アフリカまで、三十数年駆け続けてこれました」

_______

80の物語で学ぶ 働く意味

川村 真二 著

日経ビジネス文庫