
十九歳で初めて名人に挑戦して張栩(ちょうう)さんに敗れ、再挑戦するまでの一年間、僕は「打ちたい手を打つ」ことを自分に課しましたが、これには常に「リスク」という問題がついて回ります。
形成が良い時、堅実さを採るのか、リスクがあることを承知したうえで打ちたい手を採るのか、ということです。
局面が順調に進んでいる時、自分のなかで「これが最善だろう」とか「自分はこうしたい」といった、自分の第一感が囁いている道があるとしましょう。
その一方で、「こっちでも行けそうだ」という道が存在するケースもけっこうあるものなのです。
そして、その後者のほうが堅実で安全だったりすることは、往往にしてあることです。
つまり、自分が打ちたい手と安全な手が異なるということで、しかも安全な手が複数存在するケースもあります。
本当はAという手を打ちたいのだけれど、ややリスクがある。
ならば安全なBやCを打っておこうかと迷うわけで、棋士が最も悩むのが、「少し形勢がいい」という状況なのです。
大差で形勢が良ければ、いくら妥協しても安全な道を歩んでいけばいいだけですし、逆に大差で悪ければ、リスクなど気にせず勝負をかければいいだけですから。
打ちたいと思った手が最も堅実な道であれば何の問題もないのですが、僕が打ちたいと思う手はそのほとんどが「妥協はせず、目いっぱいに応戦する」ことを志しているので、必然的にリスクを内包していることが多いのです。
それでも僕が意識的に選ぶようにしていたのは、自分が打ちたい手のほうでした。
リスクがあることを承知したうえで、それでも自分が納得できる手を優先したのです。
強い人を相手にして、堅実第一で楽に勝てるはずがない―――張栩さんとの名人戦で負かされ、この点を思い知らされたことが、この選択を貫くようになった最大の理由でした。
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勝ちきる頭脳
井山 裕太 著
幻冬舎
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