わずかなタバコを金にしようと大連のデパートの知人を訪ねた

banner02
貧困 いいため話
画像:http://publicdomainq.net/

名人落語家の古今亭志ん生は、戦時中に、開拓民、軍人の慰問で満州に入り、大連で日本の敗戦を知った。

満州国は崩壊、生活に困窮し、空腹をかかえ、みすぼらしい姿で、わずかなタバコを金にしようと大連のデパートの知人を訪ねた。しかし、体よく換金は断られた。

がっかりして志ん生はデパートを出ようとした。そのとき、見知らぬ人が声をかけてきた。

相手は石田紋次郎と名乗った。以前志ん生の噺(はなし)を聴いて随分励まされたという。

石田はデパート関係の仕事で来ており、志ん生の困った姿を見て、つい声をかけたのだ。

石田は言った。

「志ん生さんが内地へ引き揚げるとき、持って行ってもらいたいものがあるので、ご足労ですが家に来てほしい、よかったら今来てほしい」

何のことかよく分からないが、他に用もない志ん生は同意した。

ついて行くと、石田は途中でパンを買った。

「志ん生さん、うちに行って、食事を差し上げたいが、それまでのつなぎにこれを召し上がってください」

志ん生は数日、満足に飯を食っていなかった。うれしかった。厚く礼を言って、パンを食べた。石田は、肉屋に行き、豚肉を買って来た。

「この肉は志ん生さんからの手土産ということにしてください」

志ん生はうなずいた。石田の家に着くと、石田は出てきた奥さんに言った。

「今ね、志ん生さんに偶然会ったの。これを買ってもらっちゃったよ。せっかくのご厚意だから頂戴して、夕食をご一緒していただくことにした。さァはやくご飯を炊いておくれ、いただいたお肉で飯を食べることにしよう」

やがて用意が出来た。石田は志ん生の大好きな酒を振る舞い、奥さんも有名な客がお土産まで持って来たと思って、とても喜び、肉も、酒もしきりに勧めてくれた。

石田は志ん生の肩身を広くして、奥さんの前で恥をかかせず、遠慮なく飯を食わせてやろうと、取りつくろってくれたのだ。

志ん生は心の中で手を合わせた。

ありがたさに食事中、涙がどうしてもこみ上げてくる。

涙を奥さんにみせないよう天井を見上げ、巧みな話術と仕草でごまかし、あくまで悠々とした態度を演じた。

_______

80の物語で学ぶ 働く意味

川村 真二 著

日経ビジネス文庫