
宮崎駿の考えは終始一貫しています。
世の中には二種類の人間しかいない。
味わう人と味わわせる人。
味わいたい人は、アニメーションなんかやらなきゃいいんだ。
ちなみに、彼は絵を描くときに、資料はいっさい見ません。
あるとき、みんなでアイルランドへ遊びに行ったとき、こんなことがありました。
アイルランドの西に人口800人のアラン島という島があるんですが、そこを旅したときの話です。
なにしろ、そんな島だから、バーへ行くといっても歩くしかない。
帰りにもう夜中だというのに、空は白夜でうっすら白い。
で、民宿へ戻ろうと近くまで来たとき、民宿の屋根にカラスがいっぱい。
それが突然飛び立ったんです。
気がつくと、宮さん、立ち止まってじっと見ている。
感受性のうすいぼくにもわかりました。
なんとも綺麗な風景のなかにぼくらの泊まる民宿があったのです。
めずらしくカメラを持っていたぼくが写真を撮ろうとシャッターを切ると、めずらしく彼がいきなり怒り出しました。
「やめてください!」
気が散るというのです。
仕方がないので、じっとしている。
時間にして五、六分だったでしょうか。
ややあって、「帰りますか」ということになりました。
それから半年後、『魔女の宅急便』という映画を作っていたときのこと。
宮さんが一枚の絵を描いてぼくのところに持ってきたんです。
「これ、覚えていますか?」
覚えているも何も、あの民宿。
顔を見ると、いたずらそうな顔をしています。
「だいたい、思い出したんだけど、思い出せないところがある。鈴木さん、あのとき、写真を撮ったよね」
こうしてオリジナルの絵が生まれます。
思い出せなかったところは想像で埋めます。
だから、彼は資料を見ながら絵を描く人を信用しません。
というか、いやしくも絵を描く商売をめざすなら、いろんなものに好奇心を持って、日常的に観察はしているものだというのです。
その積み重ねこそが大事だというのです。
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ジブリの哲学
鈴木 敏夫 著
岩波書店
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