
帝国ホテルの重役・村上信夫さんは、厨房(料理人)から重役になった方(帝国ホテル初のケース)ですが、一六歳で就職したとき、「鍋磨き」から始まったそうです。
すべての新人が、二~三年は洗い場だけ、という厳しい世界でした。
村上さんはそのとき、「日本一の鍋磨きになろう」と決意したのだといいます。
当時、調理用の鍋は全て銅製で、村上さんが磨いた鍋は鏡のように光り、人を写すほどでした。
村上さんの鍋は本当にピカピカだったのだそうです。
先輩の料理人は自分の味を盗まれないために、鍋には洗剤や石鹸をドンと入れて洗い場に送ってきたのだそうですが、それが、三カ月ほど経ったときに、「今日の鍋洗いは誰だ」「ムラです」「そうか」と、村上さんのときだけ洗剤を入れずに鍋が返ってくるようになったとのこと。
ほかの人のときは相変わらず洗剤が入っていたらしいのですが、村上さんだけは鍋についたソースをなめることを許され、先輩の味つけをひそかに学んでいった、というのです。
日本一の料理に重役の出発点は、ピカピカの鍋磨きから、でした。
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こころの遊歩道
小林正観 著
イースト・ブレスより
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