萩本欽一「24時間テレビ 深イイ話」

今では毎年恒例となったNTVの24時間テレビ「愛は地球を救う」。 第1回は1978年8月26日。 初代総合司会を勤めたのが、萩本欽一さんでした。 当時は「欽ドン」「欽どこ」など出演する番組は全て高視聴率。 まさに視聴率100%男の絶頂期で、 […]

夏目漱石「仕事を引き受ける条件」

夏目漱石(そうせき)の書は何とも言えない気品があって、誰もが欲しがった。 漱石門下の某氏もその一人で、かねがね何度か所望(しょもう)したが、一向に書いてくれない。 ある時、夏目邸の書斎で某氏はついに口を切った。 「前から何度もお願いしている […]

ドトールコーヒー創業者 鳥羽博道「ピカソに学ぶ経営学」

ドトールコーヒーを創業した鳥羽博道氏は、次のように述べている。 「音楽、陶芸、美術、スポーツなど、 どんな世界においても、 名人、名プレイヤーと言われている人たちは、 最初は先人達を見倣う(みならう)というところから出発して、 それを乗り越 […]

稲盛和夫「京セラ創業期秘話」

創業して3年目(昭和36年)の5月、 会社は順調に発展していたが、 私は自分の考えを根底から覆されるような事件に遭遇した。 研究者として、自分の開発したファインセラミック技術を世に問いたいということが、 会社設立にあたっての直接の動機であっ […]

郷ひろみ「アイドルは変わらなくていいのか?」

プロの歌手になって40年が過ぎました。 大変な世界のなかで、なんとかやってきたわけですが、多くの人は僕のことを「郷さんは変わらないですね」と言う。 でも、そんなことはない。 なんといっても、僕が仕事をしている世界は日々、変わらなければ生き残 […]

たかの友梨「エステ業界の女王 波乱万丈人生」

たかの友梨(ゆり)さんの実母は、妻子ある男性と恋愛し、彼女を産んだ。 母親が別の男性に嫁ぐことになり、一度は父親の家に引き取られた友梨さんだが、義理の母からいじめられた。 ほどなく、養子に出された。 つらい旅のはじまりだ。 その養父母は、ど […]

松下幸之助「仕事とひらめきの因果関係」

「内部から閃いて自らの精神を照らし出す光に目をとめ、注視しなければならない」(エマソン) エマソンは、日々散歩をしながら頭に浮かぶ考えを日記に克明に記しました。 ここに掲げた言葉は、そうした「ぽっとしたアイデア」を軽んじず、目をとめて考えて […]

北方謙三「50歳過ぎたら開き直りだ」

大学時代に書いた純文学が文芸誌に掲載されたのが、僕の作家デビュー。 学生の作品が文芸誌、それも商業雑誌に載るなんてごく稀(まれ)だったんで、まわりから天才だって言われましたよ。 自分でも「俺は天才だ!」って思ってたんで、それから10年間、ア […]

本田宗一郎「やりたいことをやれ」

人を動かすことのできる人は、他人の気持ちになれる人である。 そのかわり、他人の気持ちになれる人というのは自分が悩む。 自分が悩んだことのない人は、まず人を動かすことはできない。 私はそう思っている。 また他人を動かすには、自分が「格好よくな […]

夢をかなえる魔法の履歴書

あなたに魔法の履歴書をあげよう。 書いたことが現実になる魔法の履歴書を。 あなたのなりたい職業を書いてみよう。 何歳からでもOK。 学歴、経験不問。 職業を決めたら、どんな仕事をしたいのか 日づけと経歴を記入しよう。 以前、 この魔法の履歴 […]

小枝にしばられたゾウ

インドでは子象が逃げ出さないよう服従を教えるために、 子どものうちに頑丈な木など動かせないものにつないでおくそうだ。 子象がもがいても頑丈な木はびくともしない。 そのうちに子象はいわゆる「学習性無力感」を学び、 何をしても逃げられない、 い […]

稲盛和夫「波乱万丈の人生」

大学を卒業した後、京都の碍子(がいし)の製造会社にやっとの思いで就職できたのですが、これがいまにも潰(つぶ)れそうな会社で、戦後ずっと赤字を続け、最初から給料が遅配するような会社でした。 最初は私もひどいところに就職してしまったと思いました […]

1 54 55 56 57 58 65